メディア掲載  グローバルエコノミー  2015.02.17

教育・研究予算の減少を危惧

2015年2月13日朝日新聞に掲載(承認番号:18-3917)

 2015年度当初予算案の国会審議が始まる。総額96.3兆円の一般会計予算は過去最大の規模だ。内訳を見ると社会保障費と防衛費がそれぞれ前年度比で3.3%、2.0%増加しているのに対し、文教・科学振興費と地方交付税は1.3%、3.8%の減少となっている。

 文教・科学振興費のうち、高等教育と研究に対応する、大学と科学振興関係の予算を集計すると2.83兆円で、前年度比0.8%の減少である。日本が今日直面している課題を考えると、高等教育・研究に関する予算の減少には危惧をおぼえざるを得ない。

 <自力革新が課題>
 戦後の70年間は、日本経済にとって、19世紀末に始まる先進国へのキャッチアップ過程の完成局面と見ることができる。終戦の年には日本の1人当たり国内総生産(GDP)は米国の11%、英国の19%にすぎなかった。その後、日本経済は急速に復興し、高度成長と安定的な成長を遂げ、いわゆるバブル景気を経た1991年には日本の1人当たりGDPは米国の85%、英国の120%に達した。

 90年代初めに日本の1人当たりGDPが最先進国と同等の水準に到達したことは、日本経済が新たな段階を迎え、それにともなって新しい課題に直面したことを意味する。すなわち、後発国が先進国にキャッチアップする過程では、後発国は先進国から進んだ技術を導入し、実用化することによって、急速に経済を成長させることができる。経済史研究者のアレクサンダー・ガーシェンクロンのいう「後進性の利益」である。

 戦後の日本はこのメリットを最大限に享受して高い経済成長を実現した。これに対して、世界のフロントランナーである最先進国は自ら新しい技術を開発する以外に経済成長を持続することができない。90年代以降、日本経済は持続的成長のために自力でイノベーションを実現するという新しい課題に直面したのである。

 このことは早くから政策当局等に認識されていた。1980年に作成された産業構造審議会の答申「80年代の通産政策ビジョン」は次のように述べている。「技術水準も総じて欧米並みとなり、技術パターンは、従来の欧米の苗床で育った技術を導入して改良を加える『刈り取り型技術』から、創造性を発揮する『種まき・成育型技術』へ一層傾斜すべき転機がきている。追いつき型近代化の100年が終わり、80年代からは未踏の新しい段階が生じる」。このような認識に立って、同審議会は「技術立国」という理念を提唱した。

 <日米の格差拡大>
 しかし、その後の日本の技術進歩のパフォーマンスは必ずしも高いものではなかった。米ハーバード大学のデール・ジョルゲンソン教授、慶応義塾大学の野村浩二准教授らは、日本と米国の全要素生産性(TFP)を50年代から近年まで比較可能な形で推計している。全要素生産性は、資本と労働を含む生産要素全体の生産性であり、技術水準の指標と解釈される。日本の全要素生産性は、1955年には米国の45.8%にとどまったが、91年には95.1%にまで接近した。90年代初め、日本は所得水準だけでなく、技術的にも世界の最先端に立ったといえる。

 ところがその後の20年間、日本の生産性上昇が停滞し、ほぼ一定にとどまった。この間に米国は着実に生産性を伸ばし、日米間の生産性格差が再び拡大した。2010年には日本の全要素生産性の米国に対する比率は85.2%まで低下している。

 外国技術の導入に基づく後発国型の成長パターンから、自力での技術開発に基づく先進国型の成長パターンへの切り替えという課題に、日本経済は90年代以降、20年以上にわたって直面し、いまなお十分な解決に至っていない。この間に金融危機やデフレなどがあったにせよ、日本経済の成長率が90年代以降、長期間、低い水準にとどまってきた基本的な原因はこの問題にあると見ることができる。

 そうだとすれば、技術開発および高等教育・研究のために、リソースを重点的に配分することが日本経済の持続的な成長のために必要とされる。2015年度予算案がこの要請に十分に応えるものになっているとは言いがたい。


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