メディア掲載  国際交流  2015.02.09

対外発信を高める方法は

電気新聞「グローバルアイ」2015年2月4日掲載

 筆者にとって待望の洋書が、英国から先月半ばに到着した。それは名作『坂の上の雲』の英訳版だ。既にハードカバーは出ていたが、廉価なペーパーバックが昨年末に発売され、英国出張中に注文したのが届いたのだ。感動と勇気を多くの日本人に与えた司馬遼太郎氏の筆致が、いかなる英語で、明治時代を描出しているか、じっくりと確認してみたい。
 だが、筆者がいかに感動するのかは問題ではない。日本語で既に読んでいるため、英語版を読んだ時の筆者の感動は原作との「共鳴」によって生まれた感動でしかないのだ。問題は、この英語版が、初めて同書を手にする外国の人々の心の琴線に触れるか否か、である。
 こうして筆者は①「メイド・イン・ジャパン」の日本製品や②外国人の心を特別の配慮で癒す「おもてなし」のサービスに加えて、③アニメ・漫画や、日本の人文・社会科学の持つ対外発信力を重視している。
 現在、日本政府の中枢で活躍する優れた外務官僚、兼原信克氏は、近著『戦略外交原論』の中で「外国では、自分が当たり前と思っていることがまったく通じない場合がある。逆に外国の人が当たり前と思っていることが、日本人を驚かせることがある」と述べ、更に「外交官は、言葉が命である。軍人の武器は銃弾だが、外交官は言葉が武器となる。...言葉は通じなければ意味が無い」と語っている。
 グローバリゼーションが深化するなか、①外交官だけでなく、我々も外国人に語りかける「言葉」に十分注意しなければならず、加えて②文豪の川端康成の作品を見事な英語で翻訳したサイデンスティッカー氏のような翻訳者、また③日本の本領を好意的に伝達してくれるグローバル・メディアの役割が重要であることも容易に理解出来よう。
 ③に関し、司馬氏は『坂の上の雲』の「あとがき六」で次のように語る--日露戦争では、帝国陸軍は局面ごとに勝ったが、ロシアは大した損害も受けずに後退して再び対峙した。戦略的・戦術的な勝敗を軍事的に判断するのは専門家ですら難しい。ところが、英国のメディア--タイムズやロイター--という素人の国際ジャーナリズムが、局面ごとに『日本が勝ち、ロシアが敗れた』と世界に向かって素早く報じ、ロンドンの金融街だけでなく、ペテルブルグの宮廷に日本の勝利を信じさせた、と。
 司馬氏の見解を先月訪日した米国の友人に語ると、彼は次のように語った--日露戦争時は、新渡戸稲造や金子堅太郎が米国人に感動を与えたが、第二次世界大戦は残念だったね。後年、優れたジャーナリストとなるセオドア・ホワイトはハーバード大学を卒業したばかりで、日本の重慶空襲を目撃した。また創刊して間もない雑誌『ライフ』は、日中戦争の実態を、生々しい写真を通じて世界中に伝え、日本を「世界の嫌われもの」に仕立て上げていたからね、と。
 確かに対外発信には、我々の努力に加え、優れた外国人翻訳者とグローバル・マスメディアが重要で、それらに向けた我々の努力も必要となる。だが、歴史を遡れば、こうした「言葉を通じたグローバル化に対する対外努力」は、何も新しいことではない。建長寺や浄智寺で、中国の高僧が日本の修行僧と日中両言語で禅問答を行っていた鎌倉時代の様子が『竺仙和尚語録』に記されている。また江戸時代の学者、荻生徂徠の『論語徴』は、清朝の中国人学者を驚かせ、現地の『論語正義』にも言及されている。我々も先人の努力を見ならい、グローバル・メディアを意識しつつ、対外発信する必要があるのだ。