メディア掲載 国際交流 2014.10.21
イスラム国による残虐なやり方での世界秩序への挑戦が暗い影を落としている。その影は欧米諸国のみならず日本の大学生までも巻き込んで世界中に広がりを見せ始めている。
■テロや国際紛争の温床は無政府状態の真空地域
現在、覇権国家として世界秩序の形成をリードする米国に対してチャレンジしている主な勢力は、中国、ロシア、そして非国家勢力(Non-state power)である。
このうち、中国とロシアに対しては、武力や経済力による抑止や関与といった米国の従来からの秩序維持手段がある程度有効に機能している。しかし、非国家勢力に対しては米国の圧倒的な武力や経済力が効果的に働いているようには見えない。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以来13年が経過したが、非国家勢力による様々な形での米国、あるいは世界秩序へのチャレンジが収まる気配はない。
非国家勢力がテロリズムや国際紛争を引き起こす根本的な原因は、当該地域に国家のガバナンスが機能していないことであると言われている。すなわち、治安の確保、貧困救済、社会衛生管理、教育機会といった社会安定のための最低条件が保証されていない無政府状態の地域=真空地域がテロや国際紛争の温床となっている。
そうした真空地域は中東、アフリカでは広範囲で見られるが、アジアにはそうした地域が少ない。その一つの原因は、アジア諸国の大半が経済成長モデルの導入に成功し、経済発展を遂げつつあり、それが貧困の撲滅と共に、水道、電気、学校、病院といった基礎的な社会インフラの整備を可能としている面が大きいと考えられる。
もちろん、地域の経済発展だけで非国家勢力によるテロや国際紛争を解決できるわけではない。中東諸国は地域全体としては豊かであるにもかかわらず、ガバナンスが不十分なために紛争が頻発している。
とは言え、テロや国際紛争の温床のかなりの部分(米国の著名な安全保障の専門家がイメージとして語ってくれたのは約8割)は貧困の撲滅、経済発展の促進によって問題が緩和される可能性が高いと考えられる。
■日本モデルの導入により経済発展を実現しているアジア
現在の世界を見回してみれば、第2次大戦後約70年間の歴史の中で、長期安定的な経済発展の実現に成功している国家が集中している地域はアジアである。
戦後、アジアの中で最初に経済成長を軌道に乗せたのは敗戦国である日本だった。首都東京が焼け野原となり、広島と長崎に原爆を投下された日本が復活する可能性はないと思われていたはずである。その日本の経済発展は当時の世界から見て奇跡だった。
日本は戦後の廃墟の中から、安い労働力を利用して、付加価値の低い繊維製品等の輸出を伸ばして外貨を稼ぎ、経常収支の安定を図り、通貨価値の安定を保ってインフレを抑制した。それと並行して民間企業の懸命な努力で技術力を高めて産業構造を高度化し、政府もインフラを整備して産業集積を促進し、高度経済成長を実現した。
その後、この奇跡的経済発展を実現した日本モデルを導入して、韓国、台湾、香港、シンガポール、マレーシア、タイ、そして中国が次々に高度経済成長を実現してきている。
今後、インドネシア、フィリピン、ベトナム、インド等もこれらに続く可能性が高い。アジア以外の地域でも、ブラジル、ロシア、トルコ、南アフリカなどが今後の経済発展が期待されている。
■日中韓3国が協力し、経済発展促進と貧困撲滅を目指す
こうした国々が経済発展を持続してミドルインカムトラップを克服し、安定的な先進国経済へと移行するには、適切なマクロ経済政策運営および産業政策が必要である。それに加え、現在のグローバル化経済においては、優良な外資系企業の直接投資受入も必要である。
もし経済発展を見事に実現した日中韓3国が一体となって、上記のような新興国に対して、各種経済政策へのアドバイス、インフラ整備の支援、自国企業の進出促進、経済発展に必要とされる産業技術の移転等において協力すれば、上記の国々でも経済発展が促進される。
それが周辺のより貧困な国・地域に対しても、経済誘発効果を及ぼし、広範な地域での経済発展の基盤整備につながる。
このような現状の経済発展レベルが比較的高い発展途上国の周辺には、深刻な貧困、飢餓、感染病蔓延、治安悪化などに直面している、極度な低所得国・地域がある。これらの国・地域では、水道、電気、学校、病院といった基礎的な社会インフラが未整備で、必要最低限の公的社会サービスの提供が不十分である。
これらの深刻な貧困国・地域ではすぐに日本モデルを導入することはできない。まず、最低限の社会インフラの整備からスタートする必要がある。それと同時に、こうした地域での貧困撲滅には当該地域のガバナンス向上が不可欠である。
世界中の国々の中で、近年、貧困撲滅の面で最大の成功をおさめたのは中国である。深刻な貧困国・地域には中国の貧困撲滅の経験が非常に参考になると考えられる。
ただ、中国は政治体制が特殊な国であるため、経済協力を行う場合には、中国単独で行うより、日本、韓国と共に協力する方がより多くの国・地域に受け入れられやすいはずである。
最低限の社会インフラ整備に必要な援助資金は、発展レベルの高い途上国支援に必要な金額に比べればかなり小さく、日中韓3国の経済力から見れば大した負担ではない。しかし、その支援を成功させるのは容易ではない。
■真空地域での支援成功の鍵は地域住民との信頼形成~日本のソフトパワーで突破口を切り開く~
米国の国際政治の専門家は、真空地域、あるいはそれに類する地域での支援を成功させるには何よりも被支援国・地域の人々との信頼関係の構築が重要であると指摘する。
これまで米国は巨額の資金を投じてイラク、アフガニスタン等でそうした活動に取り組んできている。しかし、依然として安定的なガバナンスを備え、基礎的な社会インフラに基づいて公的社会サービスを提供する政府組織を構築できていない。
それは米国と当該地域の間に相互信頼関係が不足していたことが大きな原因の一つであると指摘されている。
筆者は、この点こそ日本が最も得意な分野であり、他国には真似ができないような形で国境を越えた相互信頼関係の構築をリードすることができると考えている。
東日本大震災で示した私心を超えた思いやり、忍耐力、道徳性、治安維持能力、それに加えて、東京オリンピック誘致のキーワードであるおもてなしの心。これらの日本人の真心や特性のすべてが国境を越えた相互理解・相互信頼の促進に役立つはずである。
米国の著名な中東専門家も、日本がそうしたソフトパワーの力で被支援国・地域の人々との信頼形成をリードし、アジア型アプローチによる真空地域の問題解決のための新たな突破口が見つかる可能性を期待している。
何よりも日中韓3国が協力するには、3国間での相互理解・相互信頼が不可欠である。その橋渡し役は日本の役割である。日中・日韓関係の範囲内に留まっていると歴史問題や領土問題ばかりに目が行って、国民感情の対立には終わりがない。
しかし、東アジアから世界に目を向けて、平和秩序の長期的安定に向けて貢献するという共通目標のためであれば、日本のソフトパワーが橋渡し役になれるはずである。
このような形で日中韓3国が協力して世界の経済発展、貧困撲滅、ガバナンス向上に貢献するに際し、非国家勢力が武装しているような地域、あるいはそこに隣接する地域では、安全保障面、民族・宗教対立面等多岐にわたる特別な注意が必要である。
そうした経験が乏しい日中韓3国だけでは困難が余りにも大きい。この分野で最も経験が豊富な国は米国である。3国は米国のサポートを得ながら、徐々に深刻な貧困国・地域および真空地域へと協力の範囲を広げていくことが必要である。
■感情的対立を越えて世界の平和秩序安定化を共に担う当事者意識を持て
戦後アジアの経済発展の歴史を振り返っても、経済発展・貧困撲滅には10年、20年、あるいは数十年といった長い時間が必要である。しかし、ゆっくりではあるが、武力を用いずに確実に平和な地域を拡大していける方法でもある。それは今のアジアが証明している。
こうした日中韓3国の協力は新たなやり方で世界の平和秩序の安定化に大きく貢献する。同時に、世界の平和秩序安定化への貢献という共通目標の実現に向けての相互協力を通じ、歴史認識や領土問題を巡る地域内の感情的対立から3国を徐々に解放し、より自然な形で相互理解と相互信頼の関係構築を促進する効果も期待できる。
日中韓3国は過去の歴史問題や目先の領土問題を巡る感情的対立ばかりに囚われて、世界平和秩序の不安定化という厳しい現実に対して積極的に向き合おうとしていない。
世界の厳しい情勢に目を向ければ東アジア地域内の感情的対立に時間を浪費している余裕はないはずである。それにもかかわらず、イスラム国の問題など非国家勢力による世界秩序への挑戦が深刻化している今も3国は感情的対立を続けたままである。
これは3国が世界の平和秩序形成に主体的に貢献する当事者としての責任意識が希薄で、地域内のことだけを考えていることを示している。
世界は多極化に向かっている。今や日中韓3国のGDP合計値は米国にほぼ肩を並べ、2020年には確実に東アジアが世界経済をリードする立場に立つ。3国はこの現実に正面から向き合い、世界の平和秩序安定化を共に担うステークホールダーとしての当事者意識を明確に持つべきである。
いつまでも歴史問題や領土問題というコップの中の争いに終始しているのは世界に対する重大な無責任であることに気づかなければならない。