コラム  国際交流  2014.05.19

窮地に立つオバマ政権

シリーズコラム『小手川大助通信』

1.これまでウクライナの状況について説明してきたが、現在のウクライナに対する米国政府の対応を分析する際には、現在オバマ政権が置かれている苦しい立場を理解することが不可欠であるので、今回からその点について考察することとしたい。


2.筆者は4月第2週に半年ぶりにワシントンを訪問した。主要目的はIMF世銀の春の総会に集まる世界各国の財政金融の専門家やIMFスタッフとの世界経済に関する意見交換であったが、ちょうど同じ時期に開催されたシンクタンクCSIS(Center for Strategic and International Studies)評議会に出席した。このシンクタンクは党派色のない中立的な組織として知られている。前夜祭として夕食会に200名以上が集まったが、多くは米国国務省、国防省、CIA、軍部のOBである。驚かされたのは、このような多数の出席する夕食会で、このような米国政府の枢要ポストを歴任した人々が、公然と現政権を批判していたことである。主として、現政権の外交政策、防衛政策について、その内容や戦略が幼稚で、本来専門的な知識や経験が必要な重要事項を、大統領の周辺の少数の取り巻きが素人的な検討のみで遂行しているということに、批判が集中していた。大統領へのアクセスが極めて制限されて、やっとホワイトハウスに案件を挙げても、スーザン・ライスを筆頭とする取り巻きが、些細な点ばかりコメントして実質的な決定が行われない、とか、彼らの政策は「高校生の教科書的な外交政策」と揶揄されていた。とある軍の猛者にいたっては、「プーチンは決断の内容も速度もしっかりしているのに、当方は...」と嘆いている始末であった。後日、当シンクタンクに働く日本人職員にこのことを伝えたところ、それは一般的な雰囲気でオバマ政権の批判はシンクタンクの幹部も公然と行っているとのことであった。また、ワシントンにおけるオバマの評価は、非常に評価の低かったカーターの水準を下回り、最悪のニクソンに近づいているとのことである。


3.2012年9月11日、即ち2002年のテロリストの攻撃の10周年にリビアのベンガジの米国総領事館が攻撃され、総領事以下2名が殺害されたほか、その2日後には同じくベンガジに派遣されていたCIA関係者が2名殺害された。この攻撃について、大統領選挙を間近にしていた米国政府は、「本件は反イスラムのユーチューブに触発された自然発生的な攻撃である」との見方を示した。9月16日に、当時の国連大使スーザン・ライスは本件に関して5つのインタビューショーに出演したが、その際に、CIAのメモに基づく以下の論点を与えられていた。

 「現在までの情報によれば、ベンガジのデモはカイロにおける米国大使館への抗議に自然と触発され、これがベンガジの米国外交公館とその後の付属施設への殺戮へと進んだものである。過激派が暴力的なデモに参加したというしるしがある。」

 この論点については、2011年夏から国務省広報官に就任していたヴィクトリア・ヌーランド(ウクライナ問題を担当する現欧州担当国務次官補)が、当初の国務省の案であった「ベンガジ事件は組織的なテロリストによる攻撃」を、「これは、国務省がCIAの警告に十分な注意を払わなかったのではないかという点について議員が国務省を非難するいい材料を与えるもの」というメモを付して書き換えを促したということが報道されている。


4.しかしながら、9月10日、総領事館攻撃の18時間前に、アル・カイーダの指導者アル・ザワヒリがビデオで、2012年5月にパキスタンで無人機の攻撃により殺害されたアル・リビの復讐のために、リビアの米国人への攻撃を呼び掛けていた。そのために、事件後、ホワイトハウスは総領事館の危機を知っていたにもかかわらず、対応が遅れ、総領事以下の人命が失われたのではないかという非難が行われるにいたった。この問題があったことから、オバマ大統領の第2期目に国務長官就任がうわさされていたスーザン・ライス国連大使は、国務長官就任に必要な米国議会の承認の際に、本件についての議論が沸騰することを避けるため、大統領任命ポストである国家安全保障担当補佐官に就任した。


5.本件については、ジュディシャル・ウォッチという情報チャンネルが、2012年12月に情報公開法に基づくメールなどの関係資料の公開を要求したが、国務省が応じないので、提訴に踏み切った。これに続いて共和党全国委員会も2013年5月に同様の要求を行ったが、FBIもホワイトハウスも提供を拒否していた。2014年4月18日にジュディシャル・ウォッチは情報公開法に基づいて国務省から得た100ページ以上の資料を公開した。公表資料の中で最も問題にされたのが、ホワイトハウスの安全保障担当顧問ベン・ローズが関係者に送ったメールには、「このような抗議行動は、インターネットのビデオを契機とするものであり、広い意味での政策の誤りではない、ということを強調すること」とあった。


6.共和党の戦術は、従来は、次の大統領選挙まで、オバマを弾劾することはせずに、いわばサンドバッグ状態にし、オバマの不人気を使って今年秋の中間選挙だけでなく、2016年の大統領選挙にも勝利するというものであった。このような観点から、下院議長のベイナーは、ベンガジ問題について下院に調査機関を設けることに強く反対してきた。しかしながら、ジュディシャル・ウォッチによる資料公開を受けて、ついにベイナー議長は5月2日に、「オバマ政権はベンガジ事件の真相を隠すことに必死で、そのために、下院の委員会の証人喚問までも無視する気であるということを米国民は今週知るにいたった。資料公開により、下院としては、4名の米国民を犠牲にした、米国総領事館に対するテロリストの攻撃の真相を米国民が知りうるようにするために、あらゆる可能な手段を取らざるを得なくなった。この新しい進展に基づき、下院としては、攻撃についての調査を行い、必要な説明を行い、真実が保証されることを可能にするべく、特定の委員会を設置することを投票にかけることとする。」との声明を発表した。委員会設置には共和党が賛成するだけでなく、オバマの続投が自らの中間選挙に致命的な影響を持つという観点から、相当数の民主党議員も賛意を表明している。


7.注目されるべきは、ベンガジ事件に関与している米国政府関係者が、今回のウクライナ問題で主要な役割を果たし、しかも、タカ派的な態度をとっているということである。上掲のヴィクトリア・ヌーランド、スーザン・ライスのほかに、国連大使のサマンサ・パワーはベンガジ事件の際にホワイトハウスの国家安全保障委員会スタッフ、CIA長官のジョン・ブレナンは国家安全保障担当次席補佐官という具合である。なお、パワーはオバマ側近でリビアの空爆を主張した最初の人物としても知られている。


8.これから、委員会の調査が始まると、ホワイトハウスによる事実の歪曲が問題にされていく可能性が高い。この状況はニクソン政権下のウォーターゲート事件の進展に極めて似てきており、オバマ政権がこのような大問題を今後いかにして解決していけるかが注目されるところである。なお、4月末にはオバマ大統領の支持率はほぼ40%へと過去最低を記録した。そしてこの低支持率の理由の第1は健康保険改革の失敗(37%が改革を支持)であったが、対ロ政策の誤り(34%が政策を支持)がこれに迫る勢いだったことが注目に値する。