メディア掲載  国際交流  2014.05.09

21世紀のイノベーション

電気新聞「グローバルアイ」2014年5月7日掲載

 連休中、21世紀のアジアを話し合うハーバード大学主催の或る会議に出席した。この会議では各国の様々な分野の実務家と研究者がリラックスしながらオフレコで本音を語り合う会合で、懐かしい友人達と再会すると同時に、初めて出会う人々と議論を楽しむ機会でもある。今回は、会合直前に日本を初めて訪問したという英国出身の学者と知り合い、21世紀のイノベーションについて議論したことが印象的だった。

 内外でアベノミックスの「第三の矢」が注目されている。この英国人は長年、日本のハイテク製品の愛好者だったが、近年は韓国製品を買う機会が増えたとのこと。「なぜ日本企業は昔のように我々をワクワクさせるような製品を創らなくなったのか? マイケル・ポーター氏が『ザ・ストラテジー・リーダー』の中で語った通り、日本企業の多くは価格競争に注力し作業効率の向上だけに熱心で、グローバルという広い視野で新規の製品・サービスを開発する戦略を採らなかったからではないのか? 日本の企業戦略に大きな"思考の盲点"があるのでは?」と不思議そうな顔で問いかけてきた。筆者は「確かに華々しい形で世界市場に登場する日本製品が少なくなったかも知れない。しかし、材料分野やハイエンドのカメラ等、日本は最先端の一角を占めている」と答えた。

 そして具体例として、筆者が社外取締役を務める小野薬品工業(以下、小野)の新薬について説明した--米国の科学雑誌『サイエンス』は毎年、"ブレイクスルー・オブ・ザ・イヤー"を発表する。2年前の2012年は、ノーベル賞を昨年受賞した"ヒッグス粒子"が選ばれ、昨年は小野の開発品を含む新たな"癌免疫療法"が選ばれた。ただ、米国の或る会社と戦略的技術提携を結んでいたため、その会社の名前だけが言及され記事の中では小野が触れられなかった。またこの分野の日本の国際競争力が脆弱であることを反映してか、国内の医薬品業界の戦略的提携に対する関心が薄く、そのため今は海外の投資家の方が小野の革新的新薬に注目している。このように多くの優れた日本企業が控えめな形ではあるが革新的な製品や新規サービスを生み出そうとしているのは確かだ。そう言って『サイエンス』誌昨年12月20日号を示した。

 続けて1年程前に残念ながら逝去された菊池誠氏の思い出を伝えた。20年前にMITのスザンヌ・バーガー教授からご紹介頂いた時、ソニーの中央研究所長として世界的に活躍した経験を持つ同氏は、私に次のように語った--「何事でもそうだが、仕事の現場とその仕事によって完成した物との間には大きな差がある。優雅な色合いを持ちまた独特の感触の藍色の織物もそうしたものの一つだ。この独特の感触を持つ織物が美しい色に染め上げられる現場は、完成品からは想像もつかない修羅場だ。布や糸を壷の中のドロドロの染料に何度も繰り返して浸し、手も袖も染料にまみれた大変な作業を通じてあの魅力的な織物が出来上がる。研究開発活動もこれと同じだ。誰にも注目されず、また派手さの無い努力をくぐり抜けた先にこそ、優れた成果が生まれてくる」と。

 一見逆説的だが、イノベーションとは、衆人が注目する直前まで継続的で地道な努力が不可欠なのだ。少子高齢化に直面している我々は、医療と健康、更には環境等の分野で新機軸を生み出すためにグローバルという広い視野を持ち、「焦らず、驕らず、怠らず」の精神で21世紀に輝く成功を夢見つつ独創的探究を積み重ねなくてはならない。