コラム  国際交流  2014.04.10

ウクライナ問題について その2

シリーズコラム『小手川大助通信』

1.前回に引き続きウクライナ問題を取り上げるが、今回はソ連邦が崩壊した1991年以来、ウクライナの経済がどのようなことになってきたのかを検討してみることとしたい。


 

2.ウクライナは1992年6月3日に独立し、IMFに加盟し、IMFのコンディショナリティーの下に、IMFから資金の借入を行った。IMFの主要な要求は、規制緩和、民営化、そしてマクロ経済の安定であった。


 

3.規制緩和という観点から行われたのは、変動為替制度への移行であり、為替の価値が大幅に下落した。民営化の掛け声の下に、国営企業が入札にかけられて低価格で民間企業に売却された。そして、低い労賃を売りにする経済モデルの下、社会福祉の水準の引き下げ、住宅や公共料金に対する補助金の廃止がおこなわれた。2008年にウクライナはWTOに加盟したが、加盟の結果はIMF加盟の際とあまり変わらないものとなった。


 

4.結果として、この約20年の間に、ウクライナ経済に何が起こったかをまとめてみると、以下のような悲惨な状況となっている。


  人口 ▲12% (5,200万から4,600万へ)

     国内居住人口 ▲ 25% (5,200万から3,900万へ)

  GDP ▲32%

     GDPの世界シェア 2% → 0.2%

  一人当たりGDP 世界平均+11% → 世界平均▲40%

  電力生産 ▲35%

     トラクター ▲95%

     金属工作機械 ▲99%

  国立科学アカデミーの従業員数 ▲50%

     科学者総数 ▲70%

     産業関連研究所総数 ▲90%

  雇用者総数 ▲1,200万

  対外借入れ +245億ドル(GDP比率80%)

  平均寿命 71歳 → 68.8歳(男性は62歳)

  年金受給年齢 55歳 → 60歳


 

5.このような状況の下、2010年に選ばれたヤヌコーヴィチ大統領に提案されたのがEUとの提携協定であった。しかしながら、この協定は以下の通り、経済的には悲惨なものとなることが予想されてた。


(1)第1に注意しておくべきことは、ウクライナはEUの正式なメンバーになることを一度も提案されていないということである。将来を考えてもそのような提案がされることは考えにくい。


(2)第2に、提携協定の署名に伴い、ウクライナの製品の72%について、即座に輸入関税が廃止されるということである。この結果、競争力の乏しいウクライナの産業は、最後に残った東ウクライナの国営企業を含め、壊滅的な打撃を受けることが確実である。ウクライナ科学アカデミーはEUの基準に合致するために、ウクライナは1600億ユーロのコストをかける必要があると試算しているが、この額はウクライナの年間予算の4年分に相当する数字である。


(3)第3に、ウクライナの貿易の60%以上はロシアなどの旧ソ連邦諸国であり、特にロシアはウクライナの輸出の26%、輸入の32%(相当部分が天然ガスの輸入)を占める。ウクライナが提携協定に署名すれば、ロシアはウクライナ経由でEUの製品が自国に流れ込んでくることを防ぐため、ウクライナからの輸入に対し関税をかけることが予想され、結果的にウクライナの工業製品は主要な輸出先を失う一方、競争力がないためにEUには輸出できないという事態が予想された。


 

6.昨年秋にプーチン大統領がヤヌコーヴィチ大統領に会った際に、ウクライナがEUとの提携協定を諦めれば、ロシアは年間150億ドルの資金援助と天然ガスの2割引きという恩恵を与えると約束した。これを聞いたヤヌコーヴィチはEUに対し、EUが毎年150億ドルの資金援助を毎年続けてくれれば提携協定に署名するが、そうでなければ提携協定を諦めて、ロシアとの関税同盟を継続すると提案した。経済状況がひっ迫しているEUは資金援助を行えなかった。その結果、ヤヌコーヴィチは提携協定署名の見送りを11月に発表したわけである。


 

7.新政権の誕生により、ロシアがウクライナに約束した150億ドルについては、1回目の支払いである30億ドルが行われただけで停止した。また天然ガスの2割引きも反故となり、逆に2割増しの価格をロシアはウクライナ新政権に提示している。これに対し、EUが新政権に提示した援助額は5億ドルに過ぎない。また米国は10億ドルの支援を下院が決定したが、これは政府保証だけで現金ではない。IMFが150億ドルの支援を準備しているが、当然これには、給与や年金削減といった厳しい条件が付いてくるものと思われる。このような厳しい状況でウクライナ経済が持つかどうか、また新政権が一般の支持を継続できるかどうか、極めて疑問である。


 

8.以前、外務省の友人でソ連邦の専門家だった人物から、「ロシアとウクライナの関係は、外部の人間にはわからない。」と言われていた。すなわち、ロシアとウクライナの間の事象はロシアという「国」とウクライナという「国」の間の問題として考察しても理解できず、「ロシアの中のあるグループ」と「そのグループと結んでいるウクライナのグループ」という視点で見ないと理解できないのである。筆者が経験した2009年末から2010年にかけての経済危機がこの事情を如実に説明しているので、ここに述べてみたい。


(1)ウクライナはIMFから類似の資金援助を受けていたが、ユーシチェンコ政権が末期を迎え、ティモシェンコ首相とユーシチェンコ大統領が政権内部で対立していたことから、IMFとの政策協議が進まず、このままではIMFからの援助が打ち切られてウクライナの財政が破綻する可能性が高くなった。この背景としては、2004年にユーシチェンコが選挙で勝利し、「オレンジ革命」と欧米のマスコミで称えられたのであるが、親欧米政権の誕生に伴い期待された欧米からの経済援助は全く実現せず、ロシアとの関係の冷却に伴うロシア向けの輸出の激減や天然ガス価格の引上げなどにより、ウクライナ経済が困窮を極めたという事情がある。


(2)ウクライナ財政の破綻は欧州を揺るがせる問題となった。というのも、欧州は冬場のエネルギーの相当部分をロシアからの輸入に頼っていたのであるが、欧州向けのロシアの天然ガスはウクライナ国内のパイプラインを使って輸送されており、ウクライナが財政破綻の結果、ロシアへの天然ガス代金の支払いができない場合、ロシアからウクライナへのガス供給が停止され、困ったウクライナは欧州向けのガスを途中で抜き取る可能性があったからである。そこでIMF理事会でウクライナへの支援が議論されることになり、筆者としても、問題の内容を調査することになった。その結果驚くべきことが分かってきた。


(3)実はウクライナ国内では、西ウクライナに大半の天然ガス貯蔵施設がある一方、ウクライナ国内の天然ガスの消費は、工業地帯が集中する東ウクライナが主体となっていた。ロシアからは、天然ガス需要のない夏場に空いているパイプラインを使って西ウクライナの貯蔵施設に天然ガスが送られ、半年貯蔵した後に消費のピークである冬場に欧州にガス供給をしてウクライナのガス会社にガス代金が入ってくるため、夏から冬までの半年間は、ウクライナの政府関係金融機関が資金を融通していた。ところが、当該政府関係金融機関の社長がユーシチェンコの支援者だったことに気付いたティモシェンコ総理が、政府関係金融機関を廃止してしまったのである。ウクライナのガス会社はそもそも債務超過状態だったため、ロシア側(ガスフロム)に支払いをすることができず、支払い遅延が生じてしまった。困ったロシア政府はEUに対し資金をウクライナに融通することを求めたがEUはこれに応じず、ウクライナが支払いをできないと、ロシア側はウクライナへのガス供給を停止せざるを得ない状況になった。その場合懸念されたのは、西ウクライナの貯蔵庫に貯蔵されている欧州向けの天然ガスをウクライナが抜き取って自らの消費のために使い、欧州向けのガス供給が停止するのではないかということである。IMF理事会での激しいやりとりの後、何とかウクライナに対してつなぎ資金の供給が認められ、2010年の選挙でヤヌコーヴィチが選ばれて政権の安定を見て、天然ガスの問題は落ち着いたのである。


(4)この事件に実はウクライナの抱える問題の特徴が如実に表れていた。ティモシェンコ総理の行動に典型的にみられるとおり、ウクライナでは、「国益」ではなく、「私益」が政治において優先されている。そのため、ウクライナで何が起こっているかを観察する際には、国単位で研究しても意味がなく、最後は力を持っている個々人の利益や意向を忖度しないと分からない。