メディア掲載  財政・社会保障制度  2014.03.25

急性期病院が"生き残る"方法

CB News management produced by キャリアブレイン 2014年3月7日掲載

 「得意とする疾病で急性期から在宅まで一貫した医療機能を持てば、医療経営は競争優位になり好業績が可能」―。キヤノングローバル戦略研究所で研究主幹を務める松山幸弘氏はそう語り、多角化戦略を図る際の事業群の組み合わせ(事業ポートフォリオ)の最適化が医療経営の鍵を握ると指摘した。2014年度診療報酬改定を受け、7対1入院基本料の算定病院の絞り込みが予想される中、急性期医療を担ってきた病院が"生き残る"方法などを聞いた。【聞き手・松村秀士】


―現在、経営が成功しているのは、どのような病院ですか。
 病院の種類別に見た場合、業績が好調なのは回復期リハビリテーション病棟のある病院などだと思います。14年度診療報酬改定でもその分野に財源が投入されるため、利益率は上がるでしょう。


■適切な事業に資源をシフトできるかが重要

―回復期リハビリテーション病棟を持っていれば、今後も経営的に安心できるのでしょうか。
 経営環境の変化を考えればそうとは限りません。中長期的に見れば、自らの得意疾病分野で急性期から在宅までの医療機能を持つことが重要です。大規模事業体であれば、主要疾病すべてでそのような仕組みをつくるべきです。長野県厚生農業協同組合連合会(JA長野厚生連)や聖隷福祉事業団がその好例です。
 地域住民が必要とする機能をすべて持っていれば、政策による財源シフトや技術進歩に応じて、経営資源の配分を変えることができます。だから、JA長野厚生連と聖隷福祉事業団は、国・国立病院以上に政策医療に貢献しながら補助金抜きでも黒字経営できているのです。つまり、経営環境が変化したときに最適な事業ポートフォリオに経営資源を組み替える体制であるかどうかが"生き残る鍵"を握っているのです。
 一方で今後、経営が厳しくなると予想される病院は、7対1入院基本料の算定病院を絞り込む14年度診療報酬改定を受けて、自分たちの病院の機能分化を明確にできない単独施設経営の事業体です。

―では、急性期医療を担い、機能分化がまだ明確でない病院はどうしたらよいのでしょうか。
 今後、急性期医療の技術進歩が一層進み、それに合わせて最新の機器の導入や人材確保をしなければならないので、よほど大きな事業体でなければ、今後は急性期医療だけで単独施設経営していくことは不可能でしょう。
 これまで急性期医療を中心に行い、まだ機能分化が明確化されていない単独の病院の生き残る道としては、現在、安倍晋三政権が創設を検討している「非営利ホールディングカンパニー事業体」と業務提携する方法があります。そのためにも、自らの病院の役割を明確にする必要があります。また、提携の前提条件として、患者情報の共有が求められます。情報を共有し、地域での役割分担を決めた上でサービスを提供することが大切です。
 一方、出資持分あり医療法人が複数集まって持ち分を放棄して合併し、社会医療法人になるという方法もあります。そうして非営利性を高めて地域包括ケアの核となる事業体であれば、非営利ホールディングカンパニー機能が付与されることになると思います。


■急性期から在宅まで "パッケージ"で持つことが重要

―経営の安定化を図るために、どのような戦略が考えられますか。
 繰り返しになりますが、主要疾病分野で急性期から在宅まで一貫したサービスを"パッケージ"で持つことをお勧めします。例えば循環器系の病院を持っているなら、退院後のリハビリや在宅ケアといった社会復帰後の健康管理なども提供できる体制を築くことが大切です。つまり、患者の求める医療を"川上"から"川下"まで切れ目なく提供できる体制を主要疾病ごとに確立していれば、収益が安定し成長できるはずです。たとえ中規模の医療事業体でも、疾病分野を絞れば、その体制を構築することが可能です。業績が好調な医療事業体は、すでにそのような体制を確立しています。

―日本の医療には、どのような改革が求められていますか。
 1月の世界経済フォーラム年次会議(ダボス会議)のスピーチで安倍首相は、日本にも米メイヨー・クリニックのようなホールディングカンパニー型の大規模医療法人をつくるために制度を改めると公約しました。その方向性は間違っていないと思います。ただ、そのような大規模な医療事業体は日本に2つ、3つあればいい。重要なのは、中規模でもいいから、全国各地に地域住民が必要とする医療の"川上"から"川下"までを担うホールディングカンパニー型の非営利事業体をつくることなのです。

―ほかに、日本の医療の問題点は何ですか。
 日本には、米国に次ぐ世界第2位のヘルスケア・マーケットがありながら、世界に通用する臨床研究の事業体がないことです。国内でiPS細胞(人工多能性幹細胞)などの世界最先端の基礎研究を行っても、研究開発の最終段階である臨床部門がぜい弱なため、研究成果が海外に流出してしまいます。創薬の分野も同様で、例えば昨年11月に富士フイルムは、がん領域で世界トップレベルの研究・治療施設である米テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターで抗がん剤の臨床試験を開始すると発表しましたが、このように米国で臨床試験を行うのは、日本よりも症例数が簡単に集まるからです。


■臨床研究の"受け皿"担う非営利事業体が必要

―臨床研究部門を強化するために、どのような対策が求められていますか。
 臨床応用の段階でその"受け皿"の役割を担う大規模な医療介護福祉事業体(Integrated Healthcare Network、IHN)を非営利の経営形態でつくることが必要です。IHNとは、急性期医療だけでなく、予防、リハビリ、介護、在宅などの異なる機能を垂直統合した医療事業体であり、地域包括ケアのミスマッチを解消するほか、経営環境の変化の影響を事業体の中で緩和できます。
 このIHNが、都道府県単位に集約される国民健康保険の保険者と患者情報の共有をインフラにして連結経営のようにすれば、地域包括ケア制度全体が効率化し、イノベーションに必要な財源を自らの地域で確保できるようになります。IHNが非営利ホールディングカンパニー機能を持つことで、地域住民にとって国や自治体よりも強固なセーフティネット事業体となり得るのです。


■国立大学附属病院、「国・公立病院と経営統合を」

―公立病院などのあり方について、どうお考えですか。
 多額の公費補助を受けながら、機能分担や連携を行うことなく過剰な設備投資競争を続けている国・公立病院や国立大学附属病院が日本の医療をおかしくしています。日本の医療を変えるには、まず国立大学附属病院を大学から切り離し、同じ地域内の国・公立病院と経営統合させる必要があります。そして、1000億円規模の非営利の医療事業体を目指してもらいます。

matsuyama_fig1.bmp

 そのようにしてできた大規模な非営利医療事業体にホールディングカンパニー機能を付与すれば、企業との合弁事業などを通じて、医療周辺ビジネスで収益を上げられます。さらに、本業である医療の追加財源を自力で獲得できるのです。