コラム  財政・社会保障制度  2014.02.28

最終的にどこまで増税すればいいのか?

 2013年12月2日に"CIGS Policy Conference:Abenomics and sustainability of the public debt"(「アベノミクスと公的債務の持続可能性」)が開催された。そこでは、三つの異なる経済モデルにもとづいた日本の財政の将来シナリオが示されたが、いずれのケースでも、「2015年10月に10%まで消費税を増税するだけでは財政の持続性が保たれない」という点は共通しており、この点はコンセンサスと言える。つまり、財政健全化のために、さらなる増税や、社会保障費を含めた歳出のカットが必要であるという点では出席者の意見は一致した。

 しかし、最終的にどこまでの増税や歳出カットが必要となるのか、という点に関しては、三人の報告者(伊藤隆敏氏、Selahattin Imrohoroglu氏、Richard Anton Braun氏)の間で、ニュアンスの違いがみられたように思う。本稿ではこの点を整理しておきたい。

 伊藤隆敏氏の報告(Hoshi and Ito 2013)は、消費税を20%または25%にすれば十分に公的債務の持続性が保たれるとしているのに対し、Imrohoroglu氏(Hansen and Imrohoroglu 2013)は、消費税だけで公的債務の持続性を保つためには、2019年から2087年まで約60%の税率にし、その後47%に安定化させることが必要であるとした。Braun氏(Braun and Joines 2013)は、消費税率を徐々に高めて2070年頃には53%にする必要がある(その後、22世紀前半に徐々に減税し、消費税率を最終的に40%にする必要がある)とした。

 伊藤氏の政策シナリオは相対的に低い消費税率(25%)で財政の持続性が維持できるとしているのに対し、Imrohoroglu氏やBraun氏の数字は伊藤氏の分析に比べて極めて厳しい数字になっている。財政の持続性を維持するための政策として、Imrohoroglu氏やBraun氏は、増税以外の様々な政策の組み合わせ(女性の労働参加の拡大や移民の導入による税収の増加、あるいは、高齢者の医療費窓口負担を現状の1割から3割に、40年間の経過措置を設けて引き上げること等)を提案している。提案の詳細はそれぞれの文献を参照していただきたい。

 ここでは、日本の財政問題の深刻さの度合いについての認識に三者の間で違いがあるのかどうかという点にフォーカスし、次のような方法論の違いを指摘する。(Imrohoroglu氏とBraun氏の方法論は共通点が多いので、ここでは、伊藤氏とBraun氏の方法論の異同について主に論じる。)


①社会保障支出の推計方法の違い

 Hoshi and Ito論文では、社会保障給付は、回帰分析によって名目GDPと高齢化人口(65歳以上)の線形関数とされる。一方、Braun and Joines 論文では、高齢期に医療費の支出が集中することなどを考慮し、人口ピラミッドの変化をミクロに予測しながら、社会保障給付の額を決めている。発表では明確にはならなかったが、Braun and Joinesでは社会保障給付が、今後、非線形的に急増するのではないかと推察される。そうであれば、Hoshi and Itoが予測するよりも、Braun and Joinesの予測する政府支出の額は、相当大きくなると思われる。この違いが、財政再建に必要な増税幅の違いを生み出す要因になっているのではないか。

 なおHansen and Imrohoroglu (2013)の社会保障支出の予測は、Fukawa and Sato (2009)にもとづいている。彼らは社会保障支出が2010年から2050年にかけてGDP比7%の増加となると推計している。Imrohoroglu, Kitao and Yamada (2013) も高齢化関連支出について同様の数字を推計している。GDP比7%の増加分をファイナンスすることは大きな負担である。


②インフレ率の違い

 Braun and Joinesでは、インフレ率は2%で固定されている。一方、Hoshi and Itoでは、消費税の1%の増税はインフレ率を2/3%増加させると想定されている。Hoshi and Itoでは消費税を15年間にわたって毎年1%ずつ増加させて最終的に25%の税率にするシナリオを計算しているが、このケースでは、インフレ率も15年間、毎年3.7%程度になる。つまり、Hoshi and Ito の想定するインフレ率は、Braun and Joinesのそれよりも、1.7%程度高い時期が続くことになる。高いインフレは、Hoshi and Ito論文では、税収と支出をともに増加させるのでフローの財政収支を改善するか否かははっきりしない。しかしインフレは、政府債務の実質価値を低下させるので、公的債務の持続性を高める作用があると推察される。したがって、インフレ率の想定の違いも、最終的に必要な増税幅の違いを生み出す要因になっていると思われる。


③利子率の違い

 Hoshi and Ito 論文では、2010年現在の長期金利を起点にして、国債残高の対GDP比率が1%増えると、長期金利が2ベーシスポイント増えるとして金利を計算している。Braun and Joinesは、一般均衡モデルの一次条件と横断性条件から内生的に金利を計算している。Braun and Joines の計算は、国債の増加が民間投資をクラウドアウトし、その結果、金利が高まるという一般均衡効果も入っている。このため、国債増加が長期金利を引き上げる度合いは、Hoshi and ItoよりもBraun and Joinesの方が、大きいのかもしれない。この点も、最終的に必要な増税幅の違いを生み出す要因になっている可能性がある。


④成長率の違い

 経済全体の成長率が2%になるためには、今後の人口減少による経済成長の低下を補うために、労働者一人当たりの経済成長率は3.6%程度になる必要がある。伊藤氏の報告では経済成長率2%のケース(ケース1)が報告されたが、Hoshi and Ito 論文では労働者一人当たりの経済成長率が1.93%のケース(ケース2)も検討されている。Braun and Joinesでは労働者一人当たりの生産性上昇率を2%に固定している。伊藤氏のケース2はBraun and Joinesとほぼ同じ成長率の想定になっているので、成長率の想定の違いが増税幅の違いを生み出す要因になっているとは考えにくい。しかし、消費税の増税が成長率に与える影響は、Hoshi and Itoでは小さい(1%の増税は0.1%生産を低下させる)。一方、Braun and Joinesでは動学的な消費の平準化などを通じて、消費税の増税は、経済成長に粘着的な影響を与える。このような違いも、最終的な増税幅の違いを生み出す要因になっている可能性がある。


 まとめると、Hoshi and Ito論文は、高い成長(経済成長率2%つまり一人当たり成長率3.6%)と高いインフレと25%の消費税で日本の公的債務の持続性は維持できるとしているのに対し、Braun and Joines論文とHansen and Imrohoroglu論文は、中程度の成長(一人当たり成長率2%)と穏やかなインフレの下では、厳しい政策(消費税率29%と高齢者の医療費窓口負担3割の組み合わせ、など)が必要になると論じた。

 以上に挙げたように、Hoshi and Ito論文と他の2つの論文との間にある、いくつかの重要な方法論上の違いが、複合的に作用して、最終的に必要な増税幅の違いを生み出していると考えられる。この違いは、日本の財政問題の深刻さの度合いについての認識の違い(比較的単純な政策対応によって解決可能であるか、そうでないか、という違い)そのものである。

 三者の報告で得られた教訓は次のようにまとめられるのではないかと思われる:
・多くの研究者や研究機関が競って、日本の財政の持続性についての100年程度の長期にわたる試算を行い、議論をたたかわせることが重要であること、
・そのような試算をする場合の仮定や方法論について様々な角度からの検討が必要であること、また、
・日本の財政再建は、様々な厳しい政策(さらなる増税と歳出削減、移民政策など)を組み合わせて長期的に取り組まなければ解決しないと認識すべきであること。

 今回の会議が、日本経済と財政についての政策論議がますます活性化するための契機となることを祈念したい。


→開催報告はコチラ

CIGS Policy Conference:Abenomics and sustainability of the public debt