メディア掲載  国際交流  2014.01.21

対中輸出、数字上は2年連続の減少だが実は底打ちから回復へ

JBPressに掲載(2014年1月21日付)

 昨年の日本の中国向け輸出(中国側統計)は通年ベースで前年比マイナス8.7%と、一昨年(同マイナス8.6%)に続いて2年連続の減少となった。このデータを見て、尖閣問題を巡る日中関係の冷え込みが鮮明に現れたと理解している人が多いはずだ。

 しかし、データの変化をよく見ると、対中輸出はすでに底を打って回復に向かっている。しかも、対中輸出が2年連続で減少していたのは中国経済の減速が主因であり、尖閣問題の影響はそれほど大きくなかったように見える。どうしてそう言えるのだろうか。


■ リーマンショック後の強過ぎた景気刺激策の副作用

 中長期的に中国向け輸出の推移をみると、1999年以降2008年まで、年平均18.2%という驚異的な高い伸びが続き、輸出額はその10年間で約4倍になった。そこに2008年9月、リーマンショックが起きた。2009年はリーマンショック後の景気後退の影響で前年比マイナス13.1%と大幅な減少となった。

 しかし、中国は世界経済の長引く停滞を尻目にたった1年で2ケタ成長に戻ったため、2010年の中国向け輸出は再び前年比35%増という非常に高い伸びとなった。この中国経済の急回復が世界中の注目を集め、中国の国際社会におけるステータスが大幅に向上した。

 しかし、その急回復が中国経済に大きな代償を払わせることになった。

 中国政府はリーマンショック後の深刻な景気後退から急速な経済回復を実現するために、なり振り構わず極端な経済刺激策を実施した。このため、2009年第4四半期に2ケタ成長を回復した後、景気は過熱気味となり、2010年にはインフレに直面した。

 同時に、盲目的に投資を拡大した副作用で、鉄鋼、アルミ、ガラス、造船、自動車、太陽光パネルなど幅広い分野で、適正規模を大幅に上回る生産設備を抱えることになり、設備の稼働率が低下し、業績が悪化した。これが過剰設備問題である。

 それに加えて、地方政府が融資プラットホーム(融資平台)と呼ばれる資金調達の仕組みを利用して不動産開発投資、インフラ建設を拡大し、その一部が不良債権化した。

 このように中国はリーマンショック後に世界中の注目を集める急速な景気回復を実現したが、あまりにも強過ぎた景気刺激策が副作用を生み、2010年以降、インフレ、過剰設備、不良債権の3つの難題に同時に直面することになった。

 それらの問題への対策として、金利の引き上げ、融資プラットホームに対する管理強化、金融機関の貸出に対する監視強化といった政策がとられた。

 その影響で、2010年以降、中国経済は再び下降局面に入り、経済成長率は、2010年の10.4%から、2011年は9.4%、2012年は7.7%と低下を続けた。2013年は1~9月の累計で7.7%と、下げ止まりはしたが、前年並みの成長率にとどまっている。


■ 底を打った日本の中国向け輸出

 このような経済成長の伸び鈍化を背景に、日本の中国向け輸出も伸びが低下した。2010年には35%という高い伸びを示したが、2011年は前年比10.1%増にまで伸びが低下し、2012年、2013年は冒頭に示したように2年連続の減少となったのである。

 以上のように2010年から2012年に至る日本の中国向け輸出の大幅な伸び鈍化は中国経済の大きな変化によるものであり、尖閣問題の影響ではなかったことは明らかである。

 2012年9月に発生した尖閣問題の影響で、直後の9月から11月までの3か月間は様々な産業分野の日本企業が業績を悪化させた。この時期の中国向け輸出の減少は尖閣問題の影響があったと見るべきであろう。

 しかし、12月には殆どの業種の売上は前年並みの水準を回復し、尖閣問題の影響は軽微となっていた。2013年入り後も尖閣問題の影響が残った主な産業分野は自動車、政府調達、観光の3業種だったが、それらの問題も年央までにほぼ解消した。

 そうした点を考慮すれば、2013年については尖閣問題の影響が中国向け輸出の伸び率低下をもたらした部分はそれほど大きくなかったものと考えられる。輸出が伸び悩んだ主な要因は、過剰設備の削減、銀行貸出に対する監視強化等の要因だったと考えるのが自然であろう。

 さらに最近の月次データあるいは四半期データを見れば、昨年第4四半期以降、すでに日本の中国向け輸出が増加し始めていることがわかる。

 輸出の前年比伸び率を四半期ベースでみると、減少率が最も大きかったのは2013年第1四半期のマイナス16.7%である。それをボトムにマイナス幅は徐々に縮小し、第2四半期はマイナス11.1%、第3四半期はマイナス8.8%と推移した。そして第4四半期はついに輸出の伸びがプラスに転じ、プラス2.3%となった。

 このようなデータの推移を見れば、日本の中国向け輸出はすでに昨年の第1四半期には底を打ち、徐々に回復傾向を辿ってきているのは明らかである。

 通年ベースで見れば確かに2年連続の減少ではあるが、2012年は前年比のマイナス幅が次第に広がっていく下り坂の1年だったのに対し、2013年はマイナス幅が縮小し、プラスに転じる上り坂の1年だったのである。


■ 今年は前年比プラスの伸びが続くと予想される対中直接投資

 以上のような輸出の変化を踏まえながら、今年の日中経済関係について考えてみたい。

 中国経済の成長率は中長期的に緩やかな下降局面にある。しかし、足許の状況は雇用、物価とも安定した推移を辿っており、当面、成長率の大幅な低下は考えにくいとの見方が大勢である。このため、昨年第1四半期以降の日本の中国向け輸出の回復傾向が今年も続き、今年の輸出は昨年を上回る可能性が高い。

 日本企業の対中直接投資についても、昨年後半は伸び悩んだが、大手邦銀幹部は今年も前年比プラスの伸びが続くと見ている。とくに昨年10月以降、大手自動車メーカー3社が相次いで投入した中国人好みの新車種が販売台数を押し上げており、その波及効果が期待されている。

 この間、チャイナプラスワンの受け皿として期待されていた中国以外のBRICS3国、インド、ブラジル、ロシア、さらにはそれに次いで期待されているインドネシアの経済は以前の輝きを失っている。

 IMFが昨年10月に発表した世界経済見通しによれば、各国の今年の成長率予想は、インド5.1%、ブラジル2.5%、ロシア3.0%、インドネシア5.5%と中国の7.3%をかなり下回っている。しかも、ロシア以外の3国はいずれも国際貿易面で経常収支の赤字が続いており、ロシアも黒字幅が縮小傾向にある。

 経常収支の悪化は通貨安を引き起こし、輸入物価の上昇を通じてインフレ圧力を高める可能性が高い。これに対処するにはある程度の金融引き締めによる内需の抑制が必要になる。こうした状況下で経常収支が安定的な黒字を確保する見通しにあるのは中国だけである。

 このように各国の経済情勢を比較してみれば、有望な投資先は消去法で中国に絞られてくる可能性が高い。そこに輸出の伸びと直接投資の堅調な増加が加われば、尖閣問題以降悲観論が支配的となっている中国ビジネスに対する見方が好転することが予想される。

 もちろんそのためには防空識別圏、レーザー照射などによる軍事面での摩擦や靖国参拝、歴史認識発言などによる国民感情面での摩擦が繰り返されないことが重要な前提となる。


■ 「勝ち組」は中国市場での積極姿勢を変えていない

 もし貿易、投資面の日中経済関係が順調に回復し、中国ビジネスに対する悲観論がある程度払拭されれば、日本企業の中国ビジネスに対する取り組み姿勢が積極化するはずである。

 尖閣問題発生以降、日中関係の悪化により最も大きな影響を受けていたのは、中国市場のビジネスチャンスを十分理解していない企業だった。もちろん大企業の中にもそうした企業があるが、それ以上に中堅中小企業の情報不足は深刻である。このため日本国内の悲観的なムードに流されやすい。

 その情報と認識の格差が尖閣問題以降一層拡大し、すでに中国市場において収益を確保できている企業とそうではない企業との間の二極化を生んだ。前者は積極姿勢を変えずに中国ビジネスの拡大を継続して業績を伸ばしたが、後者は慎重化し、業績も停滞した。

 その結果、前者の企業を中心とする日本の対中直接投資額は増え続けているが、後者の企業が中心となる金融機関に対する新規進出相談件数は激減したままである。

 中国で成功している前者の勝ち組企業が引き続き積極的な姿勢を変えていないことから明らかなように、中国市場はまだしばらくはビジネスチャンスが拡大する時代が続く。

 情報不足のせいでその状況を知らずに大きなチャンスを失うのは実にもったいない。今年は中国向け輸出が回復し、尖閣問題以降続いている、誤解やバイアスに基づく中国ビジネス悲観論が修正されて、多くの日本企業が中国市場の大きなチャンスをつかむ努力を再開することを期待したい。