メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.01.16

2014年どうなるTPP交渉(下) 三つのシナリオ

WEBRONZA に掲載(2014年1月2日付)

 シンガポール会合で実質合意はなぜできなかったのか? 答えは簡単である。各国とも、これが最後のカードを切るような場ではないと認識していたからだ。多国間の交渉が妥結するためには、参加国のほとんどがこの機会を逃がすと合意はできない、これが最後の機会だという共通の認識を持つことが必要である。

 ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉では、何回か最終合意の機会を失ったが、最後にこれしかないと参加国が認識したのが、1993年12月15日だった。この最終期限は、アメリカ政府が連邦議会から交渉権限を授権されたファスト・トラック法(今のTPA)によって決められた。最後まで農産物の関税化(輸入数量制限を関税に置き換えること)を拒否していた日本は、その1日前の午前4時、細川総理(当時)が、コメだけ関税化しない代わりに、一定量のコメ輸入("部分開放"と言われた)の受け入れを表明したことで、ウルグァイ・ラウンドは終結した。

 残念ながら、今アメリカ政府はTPAを持っていない。いくらフロマンUSTR代表が2013年合意を目指しても、「TPAを持たないアメリカ政府と真剣に交渉できるか」というのが、日本を含む参加国の認識だったのだろう。

 民主党には交渉力はないが、自民党には交渉力があるからTPPに参加しても聖域は確保できると、安倍総理が選挙で大見えを切った以上、日本は農産物関税で一切譲歩できない。農産物関税で譲ることは、安倍政権の崩壊につながりかねない。それくらいなら、TPPを壊す、つまり交渉から離脱した方がよいという意見も、政権中枢にはあるとも聞く。カードはある(「コメは安楽死するしかない!? 外れてほしかったTPP交渉予想」参照)が、この機会を逃すとTPP交渉が壊れてしまうというギリギリの段階までいかない限り、それは切れない。

 では、TPP交渉はいつ妥結するのか?三つのシナリオが考えられる。

 一つは、アメリカは、2014年3月にはTPAを取得できるかもしれない。4月にはオバマ大統領のアジア諸国歴訪が控えている。となれば、4月までにTPP交渉妥結というシナリオが考えられる。日本は、コメだけ関税を維持して無税のTPP枠を設定、他の農産物の関税撤廃というカードを切る。農産物の関税維持という衆参の農林水産委員会等の決議はあるが、拘束力はない。ウルグァイ・ラウンドのときは、コメは一粒たりとも入れないという衆参本会議の決議があったが、部分開放に踏み切った。しかし、公約を実現できなかった安倍総理は、TPP参加を政権の成果として、退陣する。自民党としても、安倍総理の靖国参拝で日米関係を損なってしまったので、政権の顔を変えた方がよいという考えも出てくるだろう。

 二つ目は、4月までにTPP交渉妥結という点では同じだが、衆参の農林水産委員会や自民党のTPP委員会の決議に従う形で、農産物の関税を維持できなかった日本は、交渉から離脱する。オバマ大統領が来るというだけでは、譲歩できない。TPPは日本抜きで妥結する。

 最後のシナリオは、2015年後半の妥結である。アメリカ政府がTPAを取得できたとしても、2014年前半までは、農産物関税についても、国営企業などのルールについても、合意は難しい。2014年11月はアメリカの中間選挙があるので、それに近いタイミングでの妥結は難しい。したがって、2015年にずれ込むこととなるが、日本で国政選挙が行われるのは翌2016年であろうから、2015年の中頃に合意しても、選挙への影響は少ない。

 最もありそうなシナリオは最後のシナリオだろう。しかし、日本農業にとっても、日本全体の国益にとっても、最も良いのは二番目の日本脱退というシナリオである。日本がTPPに入れなければ、海外に立地できない日本の中小企業は広大なアジア太平洋地域から排除されてしまうことになる。そうなれば、中小企業を中心に農協に対する大きな抗議運動が広がるだろう。農協はTPP大反対運動を展開したが、農協の大多数の組合員は、農業ではなく製造業等で生計を立てている兼業農家である。TPP不参加で本業が苦しくなれば、TPPに賛成するしかない。

 こうなると、日本は出来上がったTPPに、改めて参加するしかない。この場合、参加国全ての要求を聞き入れなければ、加盟できない。これは1955年ガットに加盟したとき、日本が経験したことだ。農産物の関税は全て撤廃を要求され、これを受け入れて加盟する。

 関税が撤廃されれば、国内の価格カルテルであるコメの減反政策は維持できず、廃止せざるを得ない。国民・消費者は主食であるコメの価格が下がるので、利益を受ける。価格低下で影響を受ける主業農家にだけ直接支払いが行われれば、兼業農家は農業を止め、農地は主業農家に集まり規模が拡大して、日本農業の競争力は高まる。

 兼業農家が農業から退出することは、これまで農業の構造改革に反対し続けた農協の組織力を弱めることになる。国営企業や投資などのルールについては、既に日本は交渉に参加して、日本の主張や利益を協定の中に盛り込んでいるので、それを受け入れるだけでよい。これが、最も国益にかなったシナリオだろう。