1.政経分離が明確化
2012年9月以降、尖閣諸島の領有権を巡る対立によって、1972年の国交正常化後41年の日中関係史の中で、最悪の状況が1年以上にわたって続いている。安倍総理は終戦記念日と秋の例大祭に際して靖国参拝を見送り、両国が多少改善に向けて動き出しそうな期待が漂い始めていた。それにもかかわらず、2013年11月下旬には中国による防空識別圏の設定という新たな事態により両国間の対立が再び先鋭化し、軋轢は収まる気配がない。
この間、日中経済関係に目を向けると、尖閣問題による反日デモ発生直後は日本企業の経済活動も深刻な打撃を受け、各企業の中国市場での売上は軒並み大幅に減少した。しかし、反日デモ発生から3か月が経過した2012年12月になると、殆どの産業分野において日本企業は反日デモ発生以前の売上高を回復した。ただし、自動車、政府調達関係、観光の3分野では影響が残った。それらについても、2013年4月頃には自動車販売がほぼ前年並みに戻り、6月末には政府調達への入札参加が可能となり、7月には中国系旅行会社による日本向け団体観光ツアーも復活した。10月には自動車、産業用ロボット、農業機械など様々な業種で売上高が過去最高を記録している。
2.日本企業の中国販売は好調、対中直接投資は増勢持続
(1)販売動向
日本企業の中国における足許の販売動向を見ると、自動車大手3社の新車販売台数は2013年9月以降大幅な伸びを続けている。11月も日産とホンダが前年比約2倍、トヨタも同4割増に達した。同月の中国の販売台数に占める日本車のシェアは19.2%となり、ドイツ車の15.6%を上回り、国別販売台数でも首位を回復した。こうした完成車メーカーの急回復を反映して、自動車部品メーカーも中国での業績が回復しつつある。
この間、中国での最近の賃金の急速な上昇を背景に、生産合理化のためのFA機器の需要も高い伸びが続いている。2013年夏に安川電機が常州で産業用ロボット工場を新設して生産を開始したほか、川崎重工も2015年4月に蘇州で産業用ロボット工場の生産開始を予定している。三菱電機のFA機器も販売が高い伸びを示しているほか、エプソンではロボット生産を長野から深圳の工場に移すなど、中国シフトが鮮明となっている。
エアコンの売り上げ好調が続くダイキンでは、2013年4~9月期の中国の売上高が前年比+45%と大幅に増加した状況を眺め、店舗数を年度内に1万2千店舗から1万4千店舗へと増やす計画である。イタリアン系のファミリーレストランチェーンのサイゼリヤは2013年8月現在、中国内の店舗数が150店舗であるが、これを3年間で400店舗まで増やす計画である。このほか、牛丼の吉野家、「無印良品」の良品計画、セブンイレブンなども引続き店舗数を増やし、日清食品では新工場の建設により増産体制を強化するなど、積極的な中国展開が続々と報じられている。
(2)直接投資動向
このように幅広い分野における日本企業の中国ビジネスの好調さを背景に、日本から中国への直接投資も引続き高い水準を維持している。2013年1~11月累計では67.6億ドル、前年比+2.3%と、米国(31.6億ドル、+8.6%)、韓国(29.2億ドル、+8.6%)、ドイツ(20.0億ドル、+43.7%)等、主要国の中では依然群を抜いた水準を保っている。ただし、前年比の伸び率は他国に比べて低く、日本の前年(前年比+16.1%)、前々年(同+55.0%)と比較しても伸び率は低下している。これは尖閣問題の影響により、多くの日本企業が中国ビジネスへの取り組みに慎重になっていることを反映している。すでに中国市場で成功を遂げている企業はリスクの存在を前提としながら、したたかに販路を拡大し、収益を確保しているが、そうでない企業は悲観的なバイアスのかかったメディア情報を鵜呑みにして必要以上に消極的になっている。このような中国ビジネスへの取り組み姿勢の二極化は、尖閣問題発生後、一段と鮮明になっている。
(3)先行き見通し
大手邦銀各行は、現時点で取引先企業から相談が寄せられている来年以降の意欲的な投資計画から見て、日本の対中直接投資は今後も引続き増勢を維持する可能性が高いと見ている。その背景にあるのは、GDP成長率を上回るスピードで増加しつつある顧客層の拡大である。一般に中国では、一人当たりGDPが1万ドルを超えた都市では、日本企業の製品及びサービスの需要が急増することが知られている。この水準に達した大都市の人口を合計すると、中国国内市場における日本企業の顧客数を概ね把握することができる。その人数は、2010年に約1億人だったが、2013年には約3億人にまで増加し、2020年には7~8億人に達すると予想される。
このように一人当たりGDPが1万ドル以上の大都市人口が急増する理由は、中国の高い実質成長率に加え、人民元レートの切り上げが続いていることによる。現在、新興国の中でもインド、ブラジル、インドネシア等は国際収支の悪化に直面しているため、為替レートが切り下がっている。これに対して中国は2005年以降、一貫して高水準の貿易黒字を保持しているため、為替レートの切り上げが続いている。これが高い実質成長率と相まってドルベースの一人当たりGDPを押し上げている。
今後も2020年頃までは都市化、大型インフラ建設という経済成長の2大エンジンが成長率を押し上げ、高度成長が持続すると予想される。このため、何らかの理由で輸出競争力が急速に低下しない限り、貿易黒字を背景とする人民元レートの切り上げも加わって、ドルベースの一人当たりGDPが増加し続けることから、日本企業にとっての顧客層は拡大を続ける可能性が高い。
3.日本企業がグローバル市場で勝ち残る方法
中国ビジネスにおいて、日本企業の取り組み姿勢の二極化が鮮明になっていることはすでに指摘した。その格差が生じる主な原因はグローバル化対応力、あるいは現地化のレベルの違いにある。
優秀な中国人リーダーを幹部に抜擢し、現地化できている企業は、様々なリスクを上手に克服し、ますます業績を伸ばしている。それを可能にしているのは、現地と本社の間の緊密なコミュニケーションと強い信頼関係を前提とした、本社による組織的サポートである。
これに対して、優秀な中国人リーダーの抜擢と権限委任が十分に行なわれていないという意味で、いわゆる現地化ができていない企業は、長期にわたって中国市場に進出していても業績が伸びていないケースが多い。ましてや未進出企業は日本や欧米のメディアの悲観バイアスのかかった情報しか入手できないため、中国市場へのチャレンジを諦めてチャンスを逃すのが一般的である。 長期的な観点に立てば、最も警戒すべきチャイナリスクは、もはや資金回収難、知的財産権の保護の難しさといった、中国ビジネス上で直面する事業リスクではなくなりつつある。とくに大企業にとって最もダメージの大きいリスクは、中国市場で好業績を上げるライバル企業とのグローバルな競争に敗れて、相対的に自社の企業価値が低下するリスクである。それは中国市場が巨大で、そこから得られる収益の大きさが、日本国内あるいは外国の市場で得られる額を大幅に上回る可能性があるからである。
ニッチ市場で戦う中堅や中小の企業の場合は、中国に進出せず、日本国内や中国以外の外国市場の中でシェアを確保して生き残る方法もありうる。しかし、グローバル市場で日系および他国の大企業との厳しい競争に晒されている大企業にとっては、中国市場での敗北が世界での敗北を意味する。これが巨大な中国市場の怖さである。グローバル市場で勝ち残ることを目指している日本企業にとって、中国市場での厳しい競争から逃げるというチョイスを選ぶことはできない。攻撃が最大の防御である。