メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.10.29

TPP聖域見直しの「?」マーク

WEBRONZA に掲載(2013年10月14日付)

 自民党の西川公也TPP対策委員長が、いわゆる聖域とされる重要5品目の見直しに言及したことが、自民党や農業団体に公約違反ではないかとして、混乱を招いている。

 重要5品目とは、コメ、麦、乳製品、牛肉・豚肉、砂糖・でんぷんを指す。しかし、関税分類では、加工の程度や成分によって多数に分類される。例えば、コメでは、玄米、精米、米粉、もち、だんご、せんべい、米菓の生地、米粉調製品など58品目ある。

 重要5品目全体では586品目で、工業品も入れた全品目の6.5%を占める。これを全て除外すると、関税撤廃品目の割合を示す"自由化率"は93.5%となる。これ以外にも、コンニャクなどこれまでの交渉で関税を撤廃したことのない品目をあわせて除外すると、自由化率は89.7%に下がる。

 これは98%程度の自由化率を目指しているTPP交渉の相場とあまりにもかけ離れている。したがって、重要5品目などの関税品目の圧縮を検討しようとしたのである。

 しかし、まず、品目の絞り込みは可能なのだろうか?加工品や"調製品"が重要5品目から除外されるとする報道がある。調製品とは、コメ、麦、乳製品、牛肉・豚肉、砂糖・でんぷんなどを混ぜ合わせて輸入されるものである。どれが主たる産品かに応じて関税は異なる。米粉が主である調製品の関税は、コメの関税から計算されている。

 もち、だんご、せんべいなどの加工品の関税が撤廃されれば、その加工品に使われたコメの生産量はなくなってしまう。調製品は、そのものとして使用されるというより、国内で分離して使用される。今政府は多額の予算を投じて米粉用のコメの生産を推進しているが、調製品の関税が撤廃されれば、それは困難となる。

 これまで、農政は、調製品にさんざん悩まされてきた。バターとマーガリンを組み合わせた"調整食用脂"、ココアを粉乳に交ぜただけの"ココア調製品"は、これらの産品の安い関税を利用して、高い関税を避けてバターや粉乳を輸入するための脱法行為として、利用されてきた。

 商社の中に、関税品目の産品構成を調べ上げて、高関税回避の抜け道を見つけるのに長けた人たちがいたのである。新たな調製品の関税撤廃は、この状態をさらに悪化させることになる。

 生産がされていないし、輸入も少ない品目を見つけるというが、"調製品"が国内で生産されないのは、わざわざそのような産品を作る必要がないからであり、輸入が少ないのは、禁止的に高い関税を維持してきたからに他ならない。

 仮に、このような努力が実を結んで、自由化率を95%以上にすることができたとしよう。TPP交渉相手国が評価するだろうか?

 関税交渉というのは、自由化率についての交渉ではない。自国の産品をどれだけ売れるか、そのために相手国の関税をどれだけ撤廃するかという交渉なのである。仮に、ベトナムが自由化率99%を達成したとしても、自動車の80%近い関税がそのままだったら、日本は自動車の関税撤廃を要求してさらに交渉するだろう。

 日本の重要5品目についてはどうか?

 コメ、麦、乳製品、牛肉・豚肉、砂糖・でんぷんは、アメリカ(コメ、麦、乳製品、牛肉・豚肉)、豪州(コメ、麦、乳製品、牛肉・豚肉、砂糖)、カナダ(麦、牛肉)、メキシコ(牛肉・豚肉、砂糖)、ニュージーランド(乳製品)、ベトナム(コメ)の対日輸出関心品目なのである。自由化率を上げても、重要5品目の関税撤廃は避けられない。

 そもそも、関税が聖域なのだろうか?高い関税による高い価格による農家保護、つまり消費者に高い負担をさせるという逆進的な農政で、農業を保護するのではなく、アメリカやEUのように、政府からの直接支払いで保護することは、なぜできないのだろうか?

 大幅な内外価格差があるので、関税撤廃により膨大な財政負担が必要となると主張する農業経済学者がいるが、かれらは今膨大な消費者負担を強いていると白状しているようなものだ。かれらの主張とは異なり、コメを輸出している農家が出てきたのは、内外価格差がほとんどなくなっている証拠である。

 価格を下げて直接支払いで保護すれば、高い関税による高い価格によって高い販売手数料収入を得てきた農協は困るかもしれないが、農家は困らない。

 関税ではなく、農業を守ることが聖域ではないのだろうか?消費者、農業者を含めた国民のために、"関税という聖域"を見直すことこそ、真の国益ではないのだろうか?