コラム  財政・社会保障制度  2013.11.27

社会福祉法人の財務データ集計・推計結果

 筆者は、2011年7月7日付け日本経済新聞「経済教室」に社会福祉法人全体の年間黒字額推計値を発表、その利益が社会還元されていないことを指摘した。それを契機に社会福祉法人制度改革の必要性が強く認識されるようになり、2013年9月には厚生労働省が「社会福祉法人の在り方等に関する検討会」を設置、筆者も委員として参加している。そこでは形骸化したガバナンスなど社会福祉法人を巡る様々な問題が審議されており、2014年中に全ての社会福祉法人の財務諸表を国民に情報提供する仕組みを構築することが既にコンサンサスとなっている。そこで情報公開制度に基づき、改めて厚生労働省所轄304法人、都道府県または市所轄で病院も経営する56法人の財務諸表を入手、これに東京都がホームページで財務主要データを公開している534法人を加えて、施設経営している社会福祉法人全体の年間黒字額推計を行った。その結果を厚労省の検討会での議論も念頭に置きながら解説すると添付スライドのとおりである。

 社会福祉法人数は2013年3月末現在19,407。(スライド2)このうち施設経営している社会福祉法人が16,981である。1951年の社会福祉法人制度発足以来60年以上一度も財務諸表を集めて集計されたことがない。つまり、巨額の公費が投入され続けていながら、その市場規模を誰も確認したことがないのである。しかも、施設費に関する国庫補助金負担金が国から地方に税源移譲されたことなどから、年間公費投入額がいくらなのか厚生労働省が把握することが困難な状況にある。


 「経済教室」で筆者が巨額の黒字が内部留保として社会福祉法人に滞留しているのであれば東日本復興のために共同拠出すべきと批判したことに対して、想定どおり2つの反論があった。第1の反論は、「内部留保の大半は固定資産になっており拠出できる資金がない」である。(スライド3)しかし、毎期実現しているプラスのキャッシュフローから拠出するのであれば既存の預金が減ることはないので、この反論は的はずれである。第2の反論は、「将来施設を建て替える時のために積み立てている」である。これも後述するように年間事業支出を上回る純金融資産(金融資産マイナス借入金)を持つほどの社会福祉法人が相当数存在することから、国民を説得できる理屈になっていない。公金とも言える社会福祉法人の資金が長期間使われることなく積み上がっていくことは、日本経済全体で資金が効率的に循環していないことを意味する。

 ただし、社会福祉法人の内部留保水準に理論的最適値は存在しない。黒字経営を続けている限り、毎年黒字額の一定割合を社会還元拠出していても内部留保は増え続けるからである。(スライド4)社会福祉法人に救いを求める人々は増加傾向にあるのであるから、本来内部留保は大きいほどよい。業界関係者も認めているように、問題なのは、内部留保を社会還元する意思がないと疑われる社会福祉法人が多数存在することなのである。

 その具体例をスライド5に示した。このように経営能力が高いにもかかわらず積極的に福祉ニーズに応えていない社会福祉法人は、施設種類に関係なく存在する。そして、施設経営社会福祉法人16,981の年間黒字額は5千億円を超えると推計された。(スライド6)その算出方法は、財務データを入手した894法人については実績値を合計(779億円)、残り16,391法人については東京都所轄病院なし534法人の1法人あたり平均黒字32,618千円を8掛けした26,094千円に法人数を乗じることとした。その理由は、534法人の財務データを見ながらホームページで各法人の事業内容を確認するうちに、東京都以外の社会福祉法人の平均的事業規模は人口密度等の影響で東京都より若干小さいのではないかと直感したからである。実際、多数の社会福祉法人の財務諸表を見る立場にある業界関係者によると、東京都以外は東京都内に比べて事業収入ベースで平均事業規模が7割~8割である一方、コストが安いことから平均経常収支差額率が東京都内の実績5.1%より高い6%超、とのコメントを得た。

 したがって、16,391法人の平均黒字を8掛けの26,094千円と仮定して算出した施設経営社会福祉法人全体の年間黒字額5,056億円は、妥当性が高いと思われる。また、仮に東京都以外の社会福祉法人の平均黒字をさらに引き下げて7掛けの22,833千円としても年間黒字推計値は4,521億円と依然巨額である。そのいずれの場合でも施設経営社会福祉法人の平均経常収支差額率は毎年6%近い水準にあると言える。これは、過去最高益状態にある社会医療法人の平均経常利益率(2010年度5.4%、2011年度4.9%)や東京証券取引所の株式公開企業の平均経常利益率(2011年度4.5%、2012年度4.6%)を社会福祉法人が上回っていることを意味する。


 このような中、厚生労働省は2013年5月に「特別養護老人ホームの内部留保について」と題する報告書を公表、特養部門財務データを集計分析してみたところ、金融資産として残っている内部留保は過剰ではないと結論付けた。(スライド7)しかし、この主張には問題がある。第1に、社会福祉法人は特養部門の黒字を本部会計に繰り入れることができ、スライド5で見たとおり法人全体で過剰な金融資産を保有しているところがある。上記報告書はこの事実を加味していない。社会福祉法人の金融資産保有状況は部門別財務データを集計しても意味がなく、法人全体の財務諸表を使うべきなのである。第2に、現状維持志向で新規事業に取り組まない社会福祉法人と積極経営志向で施設建設を継続している社会福祉法人が混在する中で、金融資産残高の妥当性を平均値で議論しても問題点と改善策を国民に説明することに至らない。

 前述のとおり、厚生労働省検討会では2014年に全社会福祉法人の財務諸表を国民に開示する方向で合意している。この財務諸表全調査・開示の目的として、次の4つが重要である。(スライド8)第1に、社会福祉法人全体の財務諸表主要勘定項目の金額を算出し、業界全体の市場規模とバランスシートを把握することである。第2に、都道府県別、主要業務別に分析することで、業績、財務内容格差の有無など業界の構造分析を行い、今後の社会福祉行政に役立つデータの枠組みを考案することである。第3に、模範的法人と非課税優遇に値しない法人の判別基準を作り、その妥当性を国民に問うことである。第4に、データに基づき社会福祉法人の規模拡大、経営効率化の具体的方法を探求することである。

 スライド9は、高齢者施設専業の社会福祉法人の中で、複数の都道府県で事業展開する厚労省所轄108法人、複数市区及び町村で事業展開する東京都所轄28法人、都内市区所轄91法人を比較したものである。内部留保を金融資産で積み上げるのではなく追加必要資金を借り入れ積極的に事業拡大を図っている厚労省所轄法人ほど経常収支差額率が高い。スライド3で紹介した「将来施設を建て替える時のために積み立てている」という主張は、経営学の観点からも支持されないのである。スライド10に示したとおり、保育所専業社会福祉法人と高齢者施設専業社会福祉法人を規模別に分析してみても、1法人1施設と言われる小規模法人の経営収支差額率⇒経営効率が有意に低いことが確認できる。


 以下スライド11~18の要点は次のとおりである。
(スライド11)厚労省所轄304法人のうち恩賜財団済生会と聖隷福祉事業団は経営資源をフル活用している模範的経営事業体である。その他302法人の平均経常収支差額率はプラス6.5%と恩賜財団済生会1.9%、聖隷福祉事業団3.4%より高い。
(スライド12)病院あり複合体である社福の経常収支差額率は、後掲の病院なし社会福祉法人よりも有意に低い。これは、病院が高収益をあげている社福も一部存在するものの、総じて病院の利益率が高齢者施設、保育所、障害者施設などの利益率より低いためである。
(スライド13)厚労省所轄の高齢者施設専業社福108法人と保育所専業社福60法人の2011年度平均経常収支差額率が7.3%という高水準で一致した。
(スライド14)厚労省所轄社福の経常収支差額率を施設種類別に見ると障害者施設専業社福が9.9%と断トツに高い。
(スライド15)1法人あたり平均事業収入規模は、厚労省所轄病院あり複合体(済生会、聖隷福祉事業団を除く)7,633百万円、自治体所轄病院あり複合体5,831百万円、厚労省所轄病院なし複合体2,743百万円、厚労省所轄高齢者施設・保育所併営1,987百万円。
(スライド16)高齢者施設、保育所、障害者施設、児童福祉施設、母子その他施設で1法人あたり平均事業収入規模を見ると、高齢者施設専業社福が1,718百万円と一番大きく、保育所専業社福が555百万円と一番小さい。
(スライド17)東京都内社福の経常収支差額率を2012年データで見ると、保育所専業社福が6.3%で高齢者専業社福の3.8%より高い。
(スライド18)障害者施設専業社福の経常収支差額率が6.7%とやはり最も高い。


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