メディア掲載  国際交流  2013.11.26

「来年の対中投資は勢いを回復する」と予想する根拠

JBPressに掲載(2013年11月20日付)

 西安を10月下旬に訪問した時のことである。朝9時、宿泊先のホテルから午前中の面談相手の場所に向かおうとした。しかし、15分待ってもタクシーがつかまりそうな気配がなく、あいにくホテルの車も全て別の予約が入っていて借りることができなかった。


■大人は誰も尖閣問題を心配していない

 そこで急遽、現地の旅行業者の車を手配したところ、真新しいホンダのアコードが現れた。その旅行業者兼運転手によれば、2カ月前に新車を購入したばかりとのこと。

 そこで、「昨年9月の尖閣問題以降、反日感情を持つ人たちによって多くの日本車が傷つけられたが、今はそういう心配はないのか」と質問すると、「いまだにそんなことを心配しているのは毎日ネットばかり見ている大学生くらいで、大人は誰もそんなことは心配していない」との答えが返ってきた。

 朝からいきなりタクシーがつかまらずに焦ったが、そのおかげでいい話が聞けた。

 上海以南の沿海部にある都市では元々政経分離の考え方が染み付いていて、日中関係の悪化が経済活動に及ぼす影響は小さい。しかし、内陸部の地方都市は政治を重視する北京の影響を比較的受けやすい傾向がある。

 西安は青島、長沙ほどではなかったにせよ、昨年9月の反日暴動をコントロールできずに破壊行為による被害が生じた、いくつかの都市の1つでもある。その西安でもここまで回復したのかと実感させられた出来事だった。


■経済面の交流はますます加速している

 しかし、日中関係を見ると、政治・外交面では今も膠着状態が続いている。一方、経済面は、昨年12月頃以降、多くの業種において、日本企業の業績が尖閣問題発生前の状態にまで回復していた。

 その後もなお深刻な影響が残ったのは、土木・重電・大型医療機器など中央・地方の官公需に関係する業種、自動車、観光産業など、ごく限られた一部の業種だけだった。

 3月に習近平政権が発足すると、さらに状況が改善した。自動車販売は4月以降、ほぼ前年並みの水準を回復。6月末以降、日本企業の官公需関係の入札への参加が可能となった。7月になると、中国地場の旅行会社の日本ツアーが復活し、京都、富士山、東京等では昨秋以降途絶えていた中国人団体観光客が戻ってきた。

 それらの動きと並行して、多くの地方政府が日本企業に対する誘致活動を強化し始めた。特に10月以降は夏場に比べて一段と積極化しており、中国各地の地方政府の投資誘致ミッションが日本の主要都市を続々と訪問している。

 9月下旬には、中国中信集団(CITIC)、中国投資(CIC)、三一重工集団など中国の代表的国有企業のトップが訪日団として来日し、菅義偉官房長官にも表敬訪問した。加えて近々省長クラスの日本訪問も予定されているなど、政府関係者を含む日中間の相互訪問はますますハイレベルな交流となってきている。

 今月18日から日中経済協会の訪中団が北京等を訪問する予定であるが、中国政府との面談に際して李克強総理が登場すれば、いよいよ政治・外交面の正常化に向かうサインであると期待がかけられている。


■日本からの対中直接投資は再び増加へ

 この間、日本の対中直接投資のデータ(中国側統計、実行ベース)がやや心配な動きを見せている。

 尖閣問題でこれほど日中関係が悪化しているにもかかわらず、今年の上半期の直接投資額は前年を15%も上回った。ところが、1~9月累計では前年比6%増と伸びが鈍化しており、このまま鈍化し続けると、前年を下回る可能性も出てきた。

 そこで、西安に次いで訪問した上海で、日本の大手金融機関の頼りになる幹部に面会し、今後の投資動向に対する見方を聞かせてもらった。

 すると、最近の直接投資金額の減速は今年の年初に一時的に投資案件が殆どストップした時期の影響がタイムラグを伴って表れているものである。夏場以降は、日中経済関係の回復を背景に金融機関に対する相談件数が再び増加傾向に転じているため、今後は投資金額が再び増大に向かうと予想しているとの見方を紹介してくれた。

 そうした流れを加速する新しい材料もある。上海自由貿易試験区である。これは上海に特区を設けて免税・減税、規制緩和を認め、金融自由化・貿易の利便性向上・行政の簡素化といった構造改革の実験場として活用するものである。

 これは中国全体に適用する構造改革の実験場であり、李克強総理自身の肝いりプロジェクトである。これを上海で実施することによって、万博終了後やや元気のなかった上海を再び活性化する効果も期待されている。

 それに加えて、上海市自身にとってもう1つの重要な目的は外資企業の誘致である。今年の夏場以降、中国各地が競って日本企業の誘致姿勢を積極化している中、上海が黙って見ているはずがない。この試験区の魅力を誘い水に日本企業をはじめとする外資企業誘致の強化を狙っている。

 中国のGDPは来年後半には日本の2倍に達する可能性が高い。2020年には2.5~3倍に達するはずである。この巨大市場は日本企業にとってチャンスの山である。しかも、日本企業にとっての顧客層となる、1人当たりGDPが1万ドルに達する都市の人口は2010年1億人、2013年3億人、2020年7億~8億人と、GDP成長率を上回るスピードで増加する。

 こうした中国国内市場の急拡大を考慮すれば、これまでの対中投資ブームは長くて5年だったが、今回はそれ以上の長期にわたって持続する可能性が高いと見るべきであろう。

 ただし、これはおそらく最後の対中投資ブームとなる。2020年前後に中国経済が安定成長期に移行すると予想されるため、その後は対中直接投資が増加したとしてもブームと呼べるような大幅な伸びの長期的な持続はなく、緩やかな増加に留まることになろう。


■構造改革の推進が日本企業の対中投資を促す

 11月12日に三中全会コミュニケが公表された。その内容は予想以上に曖昧だった。改革の強調を期待していたにもかかわらず、公有制を主とすると謳っていることから失望した人もいる。

 しかし、文面をよく見ると、公有制と並んで非公有制の発展を促すことを繰り返すとともに、市場メカニズムを通じた資源配分を重視するとしている。これは国有企業の改革、外資を含む民間企業の参入拡大を意味するものと思われる。

 表現は曖昧であるが、政治的な抵抗を配慮しながら、国有企業改革に取り組む決意を表明したものと受け止められる。

 現時点では構造改革の具体的な中身が見えていない。12月の中央経済工作会議、来年3月の全国人民代表大会、そして4月以降に始まる13次5カ年計画の起草作業の中で徐々に明らかになってくるものと思われる。そうした作業と並行して、金融自由化など比較的手を付けやすい部分から徐々に改革の実行に着手していくと考えられる。

 構造改革に反対する抵抗勢力は強い。日本でも構造改革は難航した。改革の実行は容易なことではないが、習近平国家主席のリーダーシップと新たに設立される改革領導小組の機能強化と改革断行に期待したい。

 市場メカニズムの拡大・強化を目指す経済構造改革の推進は中国市場の魅力を高め、日本企業の対中投資拡大を促す効果を持つ。それが日中両国の経済関係の緊密化を通じて中国の国際競争力を高め、将来の中国経済のファンダメンタルズを良好な状態に保つ支えとなる。