メディア掲載 国際交流 2013.10.18
先月のオリンピック招致活動における日本代表のスピーチはまことに感動的であった。しかも彼等の①個性あふれる主張、②素敵な笑顔、③外国人に分かり易い"日本人英語"、④洗練された語彙は、外国の友人達から日頃冷やかされる典型的な日本型プレゼンテーションとは対照的だった。少数の例外を除き、日本人の外国語での発言は①陳腐な内容、②真面目一辺倒の表情、③聞きづらい"日本人発音"、④貧弱な語彙というありがたくない評価を頂いている。前述の日本代表の人々はメディア・トレーニングとリハーサルを幾度も繰り返したと聞き、多くの人を感動させる対外発信には、抜きん出た才能と人並み以上の努力が不可欠なのだと痛感させられた。
さてグローバル化が深化するなか、凡庸な筆者はいかにして対外発信をすべきか。これに関し、東京で開催された同時通訳付きの大規模な会議に参加した時の体験をご紹介したい。通常、筆者が参加する会合は狭い分野に関する小規模なもので、通訳が無く、言語は殆ど英語である。が、この会議では産官学の著名な日本人が日本語で発言されていた。こうした通訳付き会議の特徴は、目的である「海外の人々との多元的で積極的な意見交換」よりもむしろ「会場内の日本人同士が連帯感・共通認識を強める」という副次的成果が往々にして達成されることに気が付いた--我々は国内で聞き慣れた事柄に関し、国内でお馴染みの著名人が熱弁を振るうので、「なるほど」と感動・納得することが出来る。翻って多くの外国人は、部分的に内容が即座に理解出来ないせいか、浮かない顔をしている。
この時、ふとロシア語通訳者の米原万里女史が遺された体験録『不実な美女か貞淑な醜女か』を思い出した。同書には長寿に関する学術会議を聴講した経験が描かれている--コーカサス地方には百歳以上の人が住む長寿村が点在するが、彼等の生活や秘訣に関し「長寿者の食生活は?」と、或る日本人が質問をした。これに対しロシアの学者は「蛋白質、灰分、繊維、ビタミン、ミネラル、炭水化物を摂取するが、動物性脂肪は殆ど取らない」と答え、それを通訳がシンプルに「彼等は栄養を充分取っている」と伝えた。また、「彼等の普段の生活や仕事は?」との質問に対してロシア側の答えは「主に、ブドウやナシ、アンズ等の果樹栽培、羊や山羊等の牧畜に従事」だったが、その通訳は「元気に毎日働いている」と伝えたのだ。しかも通訳が自信満々で、また魅惑的な透き通る美声で堂々と訳したから、ロシア語が解らない聴衆は①通訳作業の過程で情報が大量に失われたことに気付かず、また②長寿の秘訣は「アバウトでのどかなもの」と思ったのでは、と彼女は疑念を抱いている。
グローバル時代には通訳・翻訳が不可避になるが、それを巧みに使いこなすことはまことに難しい。特に①各国の文化的差異を念頭に誤解を招く表現を避け、②通訳が容易になるよう簡潔で平易に説明出来るかどうか。それは①発言者の能力と②通訳の選抜・訓練にかかっている。
かつて「経営の神様」松下幸之助氏は、伝えたい自分の思いを瞬時に理解して即座に見事な英語へと転換する通訳者、カール・スクリーバ氏と「阿吽」の呼吸で長年「世界」を相手にした。我々は今、日本製の「モノ」と「モテナシ」に工夫を加え、世界を相手にする機会に臨もうとしている。こうしたチャンスを生かすため、我々はグローバル時代にふさわしい洗練された通訳・翻訳を考えねばならない。