コラム 国際交流 2013.10.01
英国The Times紙が嘗て"the first spy stories"と称した『アシェンデン 英国情報部員のファイル(Ashenden: Or the British Agent)』の中で、サマセット・モームは「人間が完全な白か黒かではっきり割り切れるものなら、人生はどんなに気楽なものとなり、他人への対応もどんなに単純なものとなるだろうか! (How much easier life would be if people were all black or all white and how much simpler it would be to act in regard to them!)」と叫んだ。"人間は、たとえ欠点があったとしても、また完全でないにしても誰もが善人(いいひと)なのだ"と信じる人間でありたいものだ。もしそうであるならば、世界の不幸・悲劇は個人ではなく、①特定の組織や地域、②一国や多数国間の制度、或いは人間の制度・組織を超えた③天災を含む自然界が原因なのであろうか。
③の天災は別として組織や制度の問題解決に関しては、職責や能力が異なったとしても、我々は自らの責任を果たさなくてはならない。これに関し筆者が尊敬する人のひとりが、同業の専門家から"学術的死刑宣告"を幾度も受けたケインズ大先生だ。パリ講和会議出席直後に発表した名著The Economic Consequences of the Peaceの中で、先生は最後に「新しい世代の真の声は未だ発せられておらず、声なき意見も未だ形成されてはいない。将来の世論形成のために、筆者はこの本を捧げる(The true voice of the new generation has not yet spoken, and silent opinion is not yet formed. To the formation of the general opinion of the future I dedicate this book)」と記し、「第一に我々はパリ講和会議での雰囲気と方策から脱出しなくてはならない。会議を支配した人々は、世論の噴出には頭を垂れるかも知れないが、我々を困難から救い出すことはないであろう(We must first escape from the atmosphere and the methods of Paris. Those who controlled the Conference may bow before the gusts of popular opinion, but they will never lead us out of our troubles)」と述べられておられる。
大戦後の処理に関するフランスの戦術的成功と政戦略的失敗は、専門も国籍も異にするものの同等に優れた研究者により指摘されている。偉大な歴史家マルク・ブロックは、名著『奇妙な敗北(L'Étrange Défaite)』の中で「我々の多くは、非常に早い時期からヴェルサイユ及びルール進駐に関する外交が我々を突き落す深淵を悟っていた。我々が知っていたのはこの外交がもたらす途方もない2つの結果--即ち旧同盟国同士で反目させ、また我々がやっとの思いで破った敵との古い争いを続けさせ、更に悪化させるという結果である(Nous sommes beaucoup à avoir mesuré, très tôt, l'abîme où la diplomatie de Versailles et la diplomatie de la Ruhr menaçaient de nous précipiter. Nous comprenions qu'elles réussissaient ce merveilleux coup double: nous brouiller avec nos alliés de la veille: maintenir toute saignante, notre antique querelle avec les ennemis que nous venions à grand-peine de vaincre)」と述べ、「我々はそうした事態を全て知っていた。それなのに、怠惰から、また臆病なために成り行きまかせにしてしまったのだ(Nous savions tout cela. Et pourtant, paresseusement, lâchement, nous avons laissé faire)」と記している。
こうした理由から、我々は「疚(やま)しき沈黙」という悪弊を警戒しなければならない--これは品格を具えた日本の知識人、竹山道雄が遺した言葉だ。近年、NHKスペシャル取材班の『日本海軍400時間の証言』の中で発見し、筆者が阿川弘之氏の時代小説『井上成美』の中で最初に目にした時同様に喜んでいる。