メディア掲載  国際交流  2013.07.26

日本とアジア諸国との間に理解と信頼の土台を築く歴史教育改革

JBPressに掲載(2013年7月22日付)

 5月下旬以降、アベノミクスの真価に対する疑念がジワリと頭をもたげ始めている。アベノミクスの3本の矢について、エコノミストの間では当初から第1の矢の財政政策、第2の矢の金融政策は前座であって、本丸は第3の矢=成長戦略の中味であると見られていた。
 第3の矢に対する期待と不安が入り混じる中、6月5日に安倍晋三総理が成長戦略第3弾を発表した。しかし、その中に、重要施策として期待されていた法人税減税、社会保障関係費削減のいずれもが盛り込まれなかったことから、市場関係者は失望し、株価が大幅に下落した。幸いその後、米国の金融緩和が継続される見通しが強まり、為替が円安方向に振れて株価も戻している。
 この一連の為替と株の変動によりアベノミクスの危うさは明らかになった。米国の金融緩和見通しなどちょっとした外部要因によって容易に土台が崩れてしまうのである。経済界が「さあ行くぞ!」と活気づくような具体策を含む成長戦略が打ち出され、それを土台に企業活動が活性化し始めない限り、この危うさを解消することはできない。


■成長戦略に欠かせない強力なエンジンは輸出の増大

 成長戦略の具体策として、法人税減税、社会保障関係費の削減は外せない。これらを外せば再び株が売られるのは6月に経験済みである。しかし、それだけでは不十分だ。それらに加えて景気押し上げの推進力となる強力なエンジンが必要である。

 イノベーションの推進、医療改革、女性労働力の活用など、すでに成長戦略として様々なメニューが取り上げられているが、どれもパンチ力、即効性に欠ける。

 即効性があり強力なエンジンとなるのは、輸出の増大である。日本の最大の輸出相手国は中国だ。この中国向け輸出が昨夏来大幅な減少を続けている。これは中国の景気減速の影響だと言われているが、実は中国経済の状態はそれほど悪くない。

 本年第2四半期のGDP実質成長率は7.5%と第1四半期の7.7%に比べて若干低下したが、生産・投資動向を見ても安定しており、消費も堅調だ。ブラジルやロシアの成長率が3%前後まで低下しているのに対して、中国は依然7%台の成長率を維持している。

 それにもかかわらず、日本からの輸出が大幅に減少している原因のひとつは、やはり日中関係の悪化が響いていると考えられる。大部分の産業分野では中国国内での売り上げが概ね尖閣問題発生以前の状態に戻ってはいるが、政府調達分野、ギフト用商品券、観光の3つについては依然戻っていない。

 その他の産業分野も中国国内販売は前年並み以上に戻ったとはいえ、対中直接投資姿勢は総じて慎重である。中国ビジネスの勝ち組と負け組の二極化が進む中、業績が伸び悩んでいる企業ほど慎重化している。

 もし日中関係が正常化すれば、日本の対中輸出が回復し、対中直接投資の伸びが一段と高まることはほぼ間違いない。最大の貿易相手国に対する輸出の回復はアベノミクスの強力なエンジンとなる。

 参議院選挙後にアベノミクスの第3の矢が本格始動すると見られているが、政策効果が浸透するには景気回復の持続・加速が必要である。それを強力に支えるエンジンとなるのが対中貿易・投資関係の改善である。そのエンジンを始動させるカギは安倍政権の対中外交にかかっている。


■日中関係の改善による経済効果はASEAN諸国・インドにも波及する

 外交には譲れる部分と譲れない部分がある。しかし、双方が歩み寄らなければ、国交正常化は実現しない。第1期安倍政権時代に安倍総理が中国を公式訪問した際、安倍総理は靖国参拝についての態度を明らかにしなかったにもかかわらず、胡錦濤政権は公式訪問を受け入れたと言われている。

 日中関係はその当時より悪化しているため、歩み寄りはさらに難しい。それでもそこを乗り越えるのが政治家の智慧と胆力である。特に安倍政権は国内の支持率が高く、政権基盤が安定している。参議院選挙後にはその基盤はさらに強固となる可能性が高い。

 一方、習近平政権は、前政権が難しい構造改革への取り組みを先送りしたため、それが大きな重荷となっている。その影響もあって共産党に対する信認が低下しており、歴代の政権に比べて政権基盤は不安定と言わざるを得ない。こうした両国の政治情勢を考慮すれば、日本側がリードする形で落としどころを探ることが正常化への近道であると考えられる。

 アベノミクスのエンジンとなるのは日中関係の正常化だけではない。日韓関係の改善、そしてASEAN諸国・インドとの関係強化も重要な要素である。中国以外のアジア諸国は日本が中国との関係をどのように正常化させるかを見守っている。

 日中関係が改善し、日中間の貿易・投資関係が回復・拡大すれば、その経済効果はASEAN諸国・インドにも波及する。日本がリードする形で日中外交関係を改善すれば、日本に対する信頼は一段と高まる。これは同盟国である米国も期待するところであるはずだ。

 目先の日中関係を悪化させている直接的な摩擦の種は尖閣諸島の領有権を巡る問題である。しかし、中長期的により広範な外交関係に影響するのは歴史認識問題である。

 この問題は中国、韓国のみならず、ASEAN諸国にも密接に関わる問題である。アジア諸国との緊密で安定的な関係構築のためには、経済・文化交流に加えて、日本の歴史理解が広くアジア諸国に受け入れられ、相互理解と相互信頼が育まれるよう、日本が努力を重ねることが必要である。

 もちろん歴史解釈は各国みな異なる。重要なことは、アジア諸国がどのように歴史を捉えているかについて、日本人が基本的な認識と理解を持つことである。そしてそうした歴史の捉え方を理解していることを分かりやすい形で相手国に伝える努力を継続することである。


■アジア諸国との相互理解を深めるためには歴史教育の改革が必要

 そうした努力の前提となるのは歴史教育である。アジア諸国との関係において重要なのは明治維新以降の歴史、特に第2次大戦前後の歴史である。日本の学校教育ではこれを十分に教えていない。この点を改善することが日本とアジア諸国との関係強化のために必要な教育改革である。

 歴史解釈には様々な見方が存在するため教え方が難しい。しかし、だからと言って事実を見ようとしなければアジア諸国との相互理解は生まれにくい。様々な解釈があることを前提に、歴史的事実を学ぶことが重要である。

 多様な解釈がありうる歴史と向き合うには勇気が必要である。ましてや他国を侵略したことなど日本人にとって心が痛むような歴史的事実と向き合い、それを認識していることを外国の人たちに分かりやすく伝えるのはもっと勇気がいる。

 しかし、それを実行すれば相手国の人たちから大きな共感と理解と信頼を得ることができる。これは将来の日中関係においても重要な相互信頼基盤となる。

 短期的には日中関係の正常化、中長期的には歴史教育改革に取り組むリーダーに対する風当たりは極めて厳しいことが予想される。それでも将来のアジア諸国と日本との強固な相互信頼構築のためにはいずれも避けて通ることのできない課題である。

 それに取り組むリーダーに求められるのは勇気とぶれない軸である。日本はどうしてアジア諸国との信頼関係構築のために努力をすべきなのか。それが日本人およびアジア人のためにどんな幸せをもたらすのか。そうした大きな目標を見据えて、高い志を掲げ、日本とアジア、ひいては世界全体のために貢献する人物のリーダーシップが求められている。