コラム  財政・社会保障制度  2013.07.12

英国連立政権の医療改革―先進国が抱える迷走から一歩先に抜け出せるのか―

 2010年5月にキャメロン首相率いる連立政権が誕生して以来、英国の国民保健サービス(National Health Service、以下NHSと略す)の改革が実行されることが決まっていた。連立政権は、「医療の質を改善させながら、予算は2014年までに200億ポンド削減する」という政権公約を掲げていた。それから2年が経ち、2012年3月に「2012年医療・社会福祉法(Health and Social Care Act 2012)」が制定され、その改革が2013年4月より本格的に施行されることになった。
 医療改革の主な内容は、組織改革(官僚組織解体と分権化・民営化)と予算改革であり、概要は以下のとおりである。
①(官僚組織解体と予算改革)従来のプライマリケアトラスト(Primary Care Trust)と戦略保健局(Strategy Health Authorities)を廃止し、一般医(General Practitioner)を主体とする「医療委託グループ(Clinical Commissioning Groups)」が創設され、支援組織として「NHS委託理事会(NHS Commissioning Board)」が設置される。合わせて予算管理の権限も移行する。
②(分権化)患者の利益を代表する新団体「ヘルスウォッチ(HealthWatch)」が設置された。中央政府から自治体へ32億ポンドの補助金が交付される。
③(分権化)自治体が健康づくり支援サービスを提供することになった。毎年52億ポンドから使途限定補助金として配賦される。自治体にサポート役として「医療・健康増進理事会(Health and Wellbeing Board)」が創設された。
④(市場化)NHS創設以来、NHS以外の民間病院などとの公平な競争の場を法律で定めた。
⑤(医療の質の向上・透明性の強化)全体の監査役はモニター(Monitor)。医療技術評価機構(NICE)は法的根拠が与えられた。
⑥(予算改革)国の算定価格(National Tariff)を根本的に変更する。
⑦(民営化)民間部門やボランタリー部門も含めた医療提供体制の多様化
 このように列挙すると、改革の重みが伝わりにくいが、NHSは140万人もの職員を抱える英国最大の組織であり、前労働党政権が行ってきた政策を引き継ぎながらもその組織を抜本的に変えるのは、財政・予算制度(医療価格算定変更も含む)や監査・評価制度の改革も合わせて、根幹から覆る大改革といえる。
 そのような大きな改革であるため、この数年間、当事者たちは戦々恐々としていて、今年になって、やっと落ち着いてきた印象を持つ。NHS連合(NHS Confederation)がNHS職員や関係者(民間病院や医療機器、製薬などの民間企業も含む)向けに毎年開いているカンファレンスに2011年から参加しているが、改革の具体的な内容が提示されていなかったため、一昨年(2011年)は、あからさまな態度をみかけ、昨年(2012年)は諦めにも近い不信感を感じた。セッションの間もNHSの今後について聞きだそうとする質問があるたびに、スピーカーである経営陣は的を射ない答えをし、質問者はそれに対して、それ以上の追及は行わないという状況をたびたびみかけた。しかし、今年は、具体策もでてきて、落ち着いた雰囲気が漂っていた。NHS職員に「今年は、職員たちが、あとは改革を実行するのみといった、ふっきれたように、落ち着いた力強さを醸し出しているけど何故か」と聞いたところ、その職員は、「僕は4回目の改革だから慣れている」と答えてくれた。こういう腹をくくったような一体感は、国営医療だからかもしれないと感じた。
 NHSは1948年の発足以来、何度も改革を行ってきた。サッチャー=メージャー保守党政権は英国病から立ち直るために効率化に重点を置き、ブレア=ブラウン労働党政権は、医療費を増やし、現代化を図り、生産性と公平性を向上させようとした。今度の連立政権は、医療の質を向上させつつ、効率性を追求しようとしている。このように、時代の流れにより、政策が変化しても、根底にあるNHSの理念や国営医療であることに変わりはない。これまでの改革をみていると、極端なくらい抜本的に改革しているが、形を変えながらも維持しているのがNHSであり、それは国営医療による一体化からきているのではないか。
 現在の先進国が抱える課題は、効率的で質の高い医療提供である。この医療改革は、組織改革、構造改革であり、公民連携や分権化(自治体へのシフト)といった視点も含まれている。先進国の解決策になるかどうか、実験的な改革といえる。
 現状では、新しい組織体制がなかなか機能せず、救命救急病院に患者が殺到し、労働党政権から削減し続けていた待機時間も、昨年には増加してしまった。労働党時代に閉鎖が決まっていた病院は、政権交代の混乱の中で、閉鎖されずにいるという非効率も露呈されている。連立政権発足当時のランズリー元保健相は当初から不人気で交代してしまった。現政権と労働党時代からの経営陣との間の軋轢もみられた。
 このように、この改革は順風満帆とはいえないのだが、今回のカンファレンスで感じたNHSを支える職員たちの特徴が発揮され、国営医療ならではの総合力が機能し、今後の医療改革を迅速に実行することができれば、民間医療にはない、国営医療、つまり公的部門による医療提供の長所や強みを見直すことができるかもしれない。その時は、英国とは対極にある日本医療の、特にガバナンスの参考になるだろう。