メディア掲載  国際交流  2013.06.25

尖閣問題以降の中国に関する情報ギャップの拡大と日本企業の二極化

JBPressに掲載(2013年6月19日付)

 5月下旬以降、アベノミクスに対する期待が揺らぎ始めている。6月5日に安倍晋三総理が発表した成長戦略第3弾の中に、期待されていた法人税減税、社会保障関係費の削減等財政立て直し策などが盛り込まれなかったことから、株式市場は失望売りを浴びせられ、株価がさらに下落した。
 アベノミクスの最終目標は日本経済の回復である。そのためには、日本企業が活力を取り戻すことが必要である。日本企業と言ってもさまざまであり、市場競争は優勝劣敗である。競争力の強い企業が生き残り、競争力が弱い企業は市場から退出を余儀なくされる。その市場競争における淘汰を通じて競争力の強い企業の比率が高まれば日本経済全体の競争力も向上する。
 赤字企業が大半を占める現在の状況下では、法人税減税は恩恵を受ける企業が少ないとの見方があるが、厳しい経済情勢下でも黒字を出せる競争力の強い企業を一段と強化することは日本経済の競争力強化にとって極めて有効である。


■上海モーターショーが象徴するグローバル企業の中国重視戦略

 日本企業が国内市場の中だけで経営を続ければ、成長の余地は限られる。法人税を納めることができる競争力のある日本企業が海外市場にチャレンジすることが日本経済回復の重要なカギとなる。ただし、海外市場での競争は激しい。特に世界で最も速いスピードで拡大し続ける巨大市場を持つ中国は世界のトップ企業が押し寄せるために競争も激烈である。しかも、この2~3年は競争が一段と激化している。先進国市場の伸び悩みが続く中、中国人の購買力が拡大し、高付加価値の製品・サービス市場が急速に拡大しているためである。それを見て、中国市場開拓に対する世界中の有力企業の力の入れ方が変わってきた。グローバルブランドの自動車メーカー各社が中国市場を最重視するようになり、北京や上海で開かれるモーターショーが日米欧での開催規模を超えて質量とも世界一となったことが象徴的な変化である。

 中国国内市場での顧客はもちろん中国人であるが、日本企業にとってのライバル企業は欧米韓国等の超一流企業である。その世界で最も厳しい競争の中で生き残るには日米欧の先進国市場での努力を上回る努力とチャレンジが必要である。
 中国市場は短期間に急速かつ大幅な変化を遂げた。2004年以前の中国市場は安くて豊富な労働力が魅力だった。当時の中国の位置づけは工場である。2004年当時の中国の一人当たりGDPは1500ドル前後と低かったため、先進国の企業は中国国内で生産はできても販売できる市場は存在していなかった。2005年以降、中国は世界中の輸出企業が集中した結果として輸出競争力が急速に高まり、貿易黒字が急増した。これを見て中国政府は経済政策の方針を大きく変更し、輸出主導型経済から内需主導型経済への転換を図った。2008年9月に発生したリーマン・ショックにより、内需依存度を急速に引き上げざるを得なかったことも手伝って、中国経済の構造変化は急速に進んだ。2010年、世界中の不況を尻目に中国経済が2ケタ成長に戻った時、すでに内需主導型経済へと移行していた。

 それと同時に、所得水準の急速な上昇も生じていた。2010年の一人当たりGDPは4,400ドルを超え、昨年は6,000ドルに達した。手元の推計であるが、一人当たりGDPが1万ドルに達した都市の人口を合計すると、2010年に約1億人に達し、今年は3億人に近づく見通しである。こうした都市は先進国で売れている製品・サービスが普通に売れる市場に変貌している。中国の位置づけは工場から市場に変わったのである。中国で成功しているグローバル企業はこの事実を的確に把握し、先行きのさらなる市場拡大を展望して、中国市場を世界で最も重要な市場と位置付け、ヒト・モノ・カネを積極投入している。


■中国関連のネガティブ報道に隠されている日本企業の成功事例

 ところが日本国内では中国経済に関するネガティブな情報ばかりが報道されるため、日本企業の経営者、管理職の多くは、この事実を直視せず、中国ビジネスの拡大に慎重である。この傾向は昨秋の尖閣問題以降、より顕著になった。
 しかし、一部の日本企業は中国市場での業績を着々と伸ばしている。最近のニュースでも、日産自動車の大連工場建設、新日鉄住金の高級鋼板工場建設、セブンイレブンの重慶進出など、日本を代表する企業が続々と投資を拡大している事例が報じられている。メディアではあまり大きく取り上げられていないが、自動車部品、ハイテク素材、住宅建設関連など幅広い業種の企業が中国での販路拡大を実現している。

 中国艦船による尖閣周辺海域への領海侵犯、レーザー照射事件など、メディア報道は尖閣問題を巡る日中間の緊張関係が続いていることにフォーカスを当てているため、こうした日本企業の中国における業績拡大に関する記事の扱いは小さくせざるを得ない。日本企業の方も、中国での業績好調や投資拡大を宣伝しても企業イメージの向上にはつながりにくいことを考慮して、あえてメディア等に伝えようとしていない。こうした両サイドの要因から、昨秋の尖閣問題以降、中国市場での成功事例がますます日本の中に伝わりにくくなっている。

 中国ですでに成功している企業は、本社トップがそのことを十分認識しており、現地で得られた収益をさらなる販路拡大のための再投資に振り向け、中国ビジネスの拡大に向けて一段と積極的に経営資源を投入している。一方、中国で成功していない企業は、本社の関心も薄く、一般のメディア情報から得ている中国に対するネガティブな印象を念頭に中国ビジネスへの取り組みを抑制する傾向が一段と強まっている。このように日本企業の中国ビジネスの取り組みは二極化しており、尖閣問題以降、その傾向がますます強まっている。


■情報ギャップが生じる背景と改善のための提言

 一般に大企業は情報収集力があり、ある程度費用をかけて現地の市場情報を入手することも可能である。一方、中堅・中小企業は相対的に情報収集能力が低く、現地での情報収集のためにかける費用も限られている。国内であれば、そうした中堅・中小企業に対して地方銀行が情報を提供し、情報力格差をある程度補うことができていた。しかし、中国に関しては地方銀行の情報収集力が貧弱である。それをある程度カバーできるのはコンサルタント会社、公認会計士事務所、弁護士事務所等であるが、それらからの情報入手には一定の費用が必要である。そうした費用負担ができない中堅・中小企業の中で、中国市場にチャレンジしたい企業はジェトロのような政府機関に頼るしかない。しかし、ジェトロの活動拠点は限られている。より多くの中堅・中小企業が中国市場に関する客観的な情報を入手し易くするためには、日本各地の金融機関、商工会議所等がジェトロと連携して中国情報を積極的に提供する努力が必要である。

 中国市場は巨大であり、今後も2020年頃までは急速な拡大を続けると考えられる。世界一の技術さえあれば、中小企業でも中国で成功するチャンスは十分ある。そうした企業にきちんとした情報を提供する仕組みを構築することはアベノミクスの一助となるはずだ。こうした中国情報提供ルートの拡大は財政赤字に直面する政府が大した財政負担を伴わずに民間企業、とくに元気な中堅・中小企業の成長を促進することができる有効な政策メニューである。是非その実施を検討してほしい。