コラム  グローバルエコノミー  2013.06.10

東大日次物価指数の概要

 東大日次物価指数は渡辺努(東京大学大学院経済学研究科)と渡辺広太(中央大学商学部・東京大学大学院経済学研究科)が、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究(S)「長期デフレの解明」(課題番号:24223003)の活動の一環として開発した新しい物価指標です。東大日次物価指数の原データは株式会社日本経済新聞デジタルメディアから提供を受けています。また、開発に際しては、一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所、独立行政法人経済産業研究所、株式会社シーエムディーラボなど多くの研究機関、企業、個人からサポートを受けています。

 東大日次物価指数は、スーパーマーケットのPOSシステム(スーパーのレジで商品の販売実績を記録するシステム)を通じて、日本全国の約300店舗で販売される商品のそれぞれについて、各店における日々の価格、日々の販売数量を収集し、それを原データとして使用しています。調査対象はスーパーで扱われている食料品や日用雑貨などであり、商品数は20万点を超えます。購買取引の行われた日の3日後までにデータを収集し、物価指数を作成・公開します。

 「東大日次物価指数」は、これまでの物価指標と比べて次の2点で望ましい性質をもっています。

 【高精度】消費の実態に近い物価指数を作成するには、何が売れ筋商品かについて精度の高い情報を取得し、それに基づいて価格を集計することが重要です。日本をはじめとする各国の統計作成部署では、数年間に一度の頻度で売れ筋商品の調査を行い、それに基づいて物価指標を作成しています。しかし企業間の価格競争が激化している昨今では、売れ筋商品は日々変化しており、こうした調査には限界があります。東大日次物価指数では、販売価格だけでなく販売数量も記録されるというPOSデータの特徴を活用することにより、売れ筋商品の正確な捕捉を行います。具体的には、ある日のある商品の価格が前年の同日から何パーセント変化したかを計算した上で、その商品のその日における販売数量を踏まえたウエイトを用いて、価格の変化率を加重平均します。例えば、ある日におけるある商品の売れ行きが好調であればその商品の価格変化率が物価指標に及ぼす寄与が大きくなります。この加重平均法はトルンクビスト指数(注)とよばれており、指数理論に照らして最も望ましい性質をもつ物価指標です。なお、各国の統計作成部署では、価格収集を行う際の経費を節約するために、対象商品のサンプル抽出を行っています。これに対して東大日次物価指数は、POSシステムを活用することによりオンラインで情報を収集するので、サンプル抽出の必要がなく、スーパーで販売されている全商品を対象とすることが可能です(全数調査)。この点も既存の指標との大きな違いであり、精度を高める効果があります。

 (注)トルンクビスト指数では、個々の商品の価格変化率を加重平均する際に、ウエイトとして、比較の対象となる2時点(例えば、今日と前年の同じ日)におけるその商品の販売シェアを足して2で割ったものを用います。販売シェアの高い商品の価格変化率が物価指数に大きく影響するという性質を持ちます。これに対して、ラスパイレス方式のウエイトは、比較の対象となる2時点のうち過去の時点における販売シェアです。トルンクビスト指数の詳細については、スキャナーデータを用いた日次物価指数の計測をご覧ください。

 【迅速性】日本の消費者物価指数は総務省統計局によって作成されており、ある月の計数は翌月の月末に公表されます。これに対して東大日次物価指数では、ある日の物価をその3日後に公表します。例えば、国債の売買をしている投資家は、日銀の金融政策の今後の展開を予想しそれに基づいて売買を行っていますが、日銀の政策を決定する重要な材料は物価であり、投資家は物価の先行きを予想しようとします。東大日次物価指数は物価に関する最新の情報を日々提供することにより、投資家が物価の先行きを予想する際の精度を高める効果があります。また、メーカーや流通業者が販売商品の価格づけを行う際に必要な情報をタイムリーに提供します。

 日本では1990年代後半以降、消費者物価の下落(デフレ)が続いており、デフレ脱却を目指し日本銀行は新しい金融緩和策を導入しています。本手法を用いて、消費者物価を高精度かつ迅速に計測することにより、政策効果のモニターが可能となります。デフレ脱却の確認がタイムリーにできるほか、予期せぬ物価の急上昇を監視する指標としても有効です。

 東大日次物価指数の作成方法の詳細については、スキャナーデータを用いた日次物価指数の計測をご覧ください。また、東大日次物価指数に関するお問い合わせ・ご意見・ご要望は、東京大学渡辺研究室(watlab (at) e.u-tokyo.ac.jp)までお願いします(上記の (at) を@におきかえて下さい)。


【東大日次物価指数は5月20日より試験的な公開が始まっています。こちらでご覧いただけます。】



「東大日次物価指数」(以下「本指数」といいます)は、渡辺努教授(東京大学大学院経済学研究科)及び渡辺広太氏(中央大学商学部助教)が日本学術振興会・科学研究費補助金課題「長期デフレの解明」の活動の一環として、開発・作成したものです。本指数は、誤差の小さい消費者物価指数を目指して、特定のデータを特定の数式により処理して作成した指数であり、何らかの投資や経済取引などに利用されることを目的として作成されたものではありません。本指数の性質につき十分にご理解いただき、ご自身の責任により、本指数をご使用ください。本指数に依拠して行った投資や取引などの結果ないしそれらにともなう損害について、当研究所はいっさいの責任を負いません。