メディア掲載 国際交流 2013.05.17
習近平総書記は就任後間もない昨年12月4日に綱紀粛正のための「中央8条規定」(以下、8条規定)を打ち出した。今年1月下旬以降、8条規定が党・政府の予算管理面にも厳格に適用され、本格的な実施に移された。今年は旧正月の連休が2月9日から15日だったことから、ちょうどこの頃が忘年会・新年会の接待がピークを迎えるタイミングに当たっていた。
8条規定の中味は、政府公式文書の簡潔化、党幹部・政府高官の出張時の送迎廃止、会議の効率化など、党・政府幹部層の綱紀粛正、業務効率改善義務等を多岐にわたって具体的に規定するものである。なかでも最も大きな影響を及ぼしているのは接待の簡素化の規定である。
中国では党幹部・政府高官に対する官官接待、民間企業による接待では、高級レストランで高級料理と高級酒・タバコ等を供するのが習慣である。以前は国民全体の所得水準が低かったことから、高級と言っても常識の範囲内だったが、最近は高額所得者の増加に伴い、普通の日本人ではとても手が出ない金額の宴会が普通に行われるようになっていた。たとえば、北京市内で役人接待用によく利用されていた広東料理店では、通常1部屋(人数は8~10人程度)の宴会で飲食代は3万元(日本円で約45万円相当)が相場と言われていた。一人当たり5~6万円である。これは中国では大卒新人の初任給に相当する金額であり、明らかに節度を超えた贅沢であるが、つい最近までそれがごく当たり前に行われていた。
習氏が打ち出した8条規定の厳格な実施によってこの贅沢な接待が批判の矢面に晒されている。党・政府幹部も最近は高級レストランでの宴会を控えている。ただし、その抜け道として役所内の施設を接待の場で利用するケースが増えたと言われている。
つい先日も江蘇省泰州市の開発区管理委員会の幹部が役所の施設内で民間企業による高級料理と高級酒の豪華な接待を受けていたことが暴露された。近隣住民数百人がこれに抗議するため役所の施設を取り囲み、宴会最中の宴会場になだれ込んだ。同委員会の最高責任者はその晩遅く、宴会場のテーブルの上で土下座をして謝罪し、その場面の写真が全国に報道された。その人物は3日後に免職処分となった。
こうした一般民衆による厳しい追及姿勢の背景にあるのは、長期にわたって蓄積されてきている中央・地方政府の腐敗・権力の乱用に対する強い不満、そして全国ベースでその不満を共有することを可能にしているミニブログ等通信技術の発達である。現在中国全土で見られる役人に対する厳しい監視の広がりは習総書記の当初の予想を上回るものであると想像される。もし仮にこの民衆の動きを政府が途中で抑制しようとすれば、民衆の批判の矛先は習氏自身に向けられる恐れがある。その意味で習氏にとってのリスクを内包している。
他方、民衆による党・政府幹部に対する監視は民主主義的な政府に対するガバナンスの仕組みと見ることもできる。こうした民主化の力は、これから習近平政権が取り組まなければならない環境問題や所得格差問題の是正にも有効である。
ただし、今後これによって既得権益を失う側の富裕層、役人等の抵抗が懸念される。習氏が既得権益層に妥協して彼らの権益の保護に手を貸せば、習氏自身が求心力を失うリスクに晒される可能性がある。いわば両刃の剣である。
習近平政権は船出早々、難題に直面している。習氏の政治手腕に世界の注目が集まっている。