その他 グローバルエコノミー 2013.04.04
小林研究主幹は、3月1日、CIGS Workshop において「A Theory of Public Debt Overhang」 と題する研究発表を行った。その内容・背景について、白井研究員がインタビューを行った。
専門的なご関心がある方は、CIGS Workshop 開催報告から発表資料と論文をご覧ください。
関連する日本経済新聞『経済教室』の2月18日掲載記事(「財政再建も成長戦略」)は、こちらからご覧ください。
【白井】日本の財政赤字・累積債務は歴史的にみても国際的にみても非常に深刻なレベルにあると考えられます。しかし、ギリシャやイタリアなどに比べると、日本国内ではあまり危機感が高くないように思えます。日本の財政問題は特殊なのでしょうか?ギリシャ、イタリアなどの国々と何が違うのでしょうか?
【小林】ギリシャやイタリアなどの国々と日本との違いは、日本においては経常収支が黒字であることです。これまで財政赤字で破綻した国々は、どれもみな経常収支が赤字で、政府は海外の投資家に対して債務を負っていました。つまり海外投資家に国債を買ってもらっていたのです。日本が特殊なのは、国内の投資家が国債の90%以上を保有していることです。つまり債権者は日本国民です。従って、日本国民が日本の国債から逃げ出さない限りは安心していられます。これが本質的な違いです。
しかし、日経『経済教室』の記事にも書きましたように、日本の債務比率は継続的に上昇しています。近い将来(=10年以内ぐらい)には、国内の資金では日本国債が買えなくなって、海外投資家の保有する比率が大きくなってくると考えられます。そうなると、ギリシャやかつてのラテンアメリカ諸国と同様に、海外の投資家から見放されて財政破綻するというパターンに陥る可能性が高くなると言えます。従って、日本の財政状態は、今は特殊なのかもしれませんが、時間が経てば、しかもかなり速いスピードで、過去の破綻国家の状態に近づいていくと思われます。
今回の研究における問題意識のひとつは、財政問題が経済成長にどういう影響を与えるのかという点です。上述のように、財政破綻までいくらか時間があると考えられるような日本のケースでは、公的債務比率が高い状態が長く続くことによって、経済成長が下がり金利が落ちるというユニークな特徴が示されています。その原因を解明しようとしたのが今回発表した研究論文です。
【白井】財政問題に関しては、近年、政治経済学的なアプローチが注目されています。例えば、アセモグル教授(マサチューセッツ工科大学)やロビンソン教授(ハーバード大学)などは長期的な成長を政治経済学的なアプローチで説明しています。これについて、他にどのような応用例が見られるでしょうか?
【小林】 アセモグル教授らの主たる関心は、なぜ途上国が成長しないのかという理由を政治経済学的に説明するということです。途上国では、民主的ではない社会制度の下で、支配層があえて経済を成長させないような政策を選択しているのではないかというのが彼らの見方です。なぜ成長を阻害するような政策を支配層が選ぶのかというと、そこに政治経済的な歪みが関係しているというのです。成長すると支配層は自らの権力が脅かされる、
つまり自分達の権力を維持するためにあえて国民を貧しくしておくという歪んだ政策がとられるのではないかというのが彼らの考え方です。
民主国家においても同様のことが起り得るのではないかという問題を提起したのは、アセモグル教授だけでなく、ベズレー教授(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)やコート教授(コーネル大学)などです。つまり、民主主義においても選挙で権力を失うことがあり得るので、選挙に勝ちたいというインセンティブが政策を歪め、経済発展や成長に資する政策が行われない可能性があると指摘しています。
今回の私の研究の狙いは、民主主義社会でも起り得る政策の歪みによって成長が阻害されるという可能性を、財政問題について考えてみたものです。つまり、財政破綻によって政権を失うことを恐れる政府は、財政破綻を先送りしたいあまり、経済成長を阻害するような政策を選択するのではないか、というのが研究の仮説です。
【白井】高い政府債務が成長を阻害する可能性があるという小林さんの仮説に関して、歴史的にみたとき、過去に失敗事例(=財政問題によって成長率が低迷した事例)、あるいは成功事例(=政府債務残高の減少が経済成長を促した事例)はあるのでしょうか?
【小林】 ラインハート教授(ハーバード大学)らは、公的債務のGDP比が90%を超えた過去の26の事例をまとめています。その中には、成長率が低くて金利も低く公的債務が大きいという事例がいくつかあります。こういう事例は、今の日本の状況を説明するのと同じように、政治経済学的なアプローチで説明できると思います。政治経済学的な理論を使わないで、低成長を説明しようとすると、『経済教室』でも触れたように、クラウディング・アウトの理論(=政府が公共事業や政府消費などを増やしたことによって、資源が不足し、民間経済が圧迫されること)を使うのが一つの方法です。しかし、その場合は金利が上がるはずなので、金利が下がったり、金利が動かないというケースは説明できません。公的債務が大きく、かつ低成長・低金利という事例は、過去に10余りありますが、こうした事例を説明できる点も政治経済学的なアプローチの利点だと思います。
【白井】政府が財政再建を先送りする誘惑を断ち切るには、どのような方策(=インセンティブ設計)が考えられるでしょうか?
【小林】 ワークショップでも参加者から指摘があったように、私のこの研究では、政府が自分の身を捨てて状況を打開するしかないということになります。つまり、時の政権が、増税とか歳出カットなどの不人気な政策を行った結果、政権を失ってもいいというつもりで、そうした政策を打ち出すということになります。そのような自己犠牲的な政権は通常はあり得ないので、なかなか解決策は見出せません。
ご質問に答えるには、私が今回の研究論文の中で設計した経済モデルを離れて、その先を見通さないといけないと思います。それは私の次の研究テーマでもあります。最近欧州などで、長期的な「財政版の中央銀行」のようなアイディアが議論されています。政治から中立的で独立した、財政の長期予測をするような機関を作って、政治や行政がその長期予想に従って財政を運営するというような制度を作る必要があるのではないかということです。米国の予算局よりももっと中立性が高くて、議会や行政府からもっと独立しているような機関というイメージで、かつその長期予測に議会も行政府も従うという制度です。これによって財政が膨張し続けるという状況を止めることができるのではないかと思います。この問題は今EUや英国で盛んに論じられています。日本でも田中秀明教授(明治大学)などが事例研究をしています。長期的な課題になるかもしれませんが、日本でももっと研究すべきテーマだと思います。