メディア掲載 財政・社会保障制度 2013.03.22
第4回日本
垂直統合モデルは日本が元祖 介護は社会貢献する社福法人に
厚生労働省は、2025年までに地域包括ケアシステムを全国に普及させることを目標に掲げている。地域包括ケアシステムとは「重度な要介護状態になっても・・・中学校区などの日常生活圏内において、医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスが切れ目なく、有機的かつ一体的に提供される体制」のことである。同システム設定は人口1万人前後の地域単位であり、その枠を越える急性期ケアについては地域外にある病院等を受診することが想定されている。しかし、急性期から在宅、介護に至るまで必要とされるケアを自己完結できる大規模事業体の存在抜きで、この仕組みを診療報酬による誘導と連携のみで作ることは、極めて難しい。
その理由を理論的に説明したのが、2009年ノーベル経済学賞を受賞したオリバー・ウイリアムソンである。アウトソーシングを選択した事業体は、その契約先との関係が悪化し契約が解約されても、即座に代わりの相手を見つけることができれば取引コストはゼロとなる。しかし、すぐに別の契約先を見つけることが困難な(=取引コストが高い)場合は大問題である。ウイリアムソンは医療サービス産業の取引コストは高いと指摘している。一人の患者が必要とする医療事業体群を契約により一つのチームにして維持することは、利害対立が発生し解約に至った場合のコストが大きいので、最善の組織とは言えない。米国、オーストラリア、カナダが地域包括ケア体制を作るにあたり、異なる施設群を垂直統合させた大規模なIHNや医療公営企業を中心に据えたことには、必然性があるのである。
この垂直統合した地域包括ケアの基本型を最初に創ったのは日本である。
長野厚生連は、人口215万人の地域に病院14、診療所11、介護施設12、訪問看護ステーション24など約70の事業拠点を展開するIHNである。長野県が全国で高齢者医療費が最も低くかつ長寿の地域になっているのは長野厚生連の貢献による。聖隷福祉事業団も浜松市を中心に100以上の医療・介護・福祉事業拠点を運営するIHNである。
長野厚生連の2011年度の収支は、事業収益が867億円(前年度858億円)、経常利益率が1.7%(前年度3.1%)である。これに特別損益に計上される補助金は含まれていない。減益になったのは建設中の高度医療センターの職員を前倒しで確保したためであり、収益力が低下したのではない。
同年度の事業活動収入が905億円である聖隷福祉事業団も、補助金抜き経常収支差額率が0.9%(補助金込みの同率3.4%)。国公立病院以上に政策医療を行っている両事業体が補助金抜きでも黒字ということは、「急性期から在宅、介護まで全ての機能を果たせば補助金なしでも黒字が可能」→「診療・介護報酬が全体として低すぎることはない」→「地域医療崩壊の原因は報酬水準が低いからではない」→「多額の補助金を受けながら構造赤字にある国公立病院は経営の失敗である」ことを示唆している。既存の経営資源のガバナンスを組み替えることにより、長野厚生連や聖隷福祉事業団のようなIHNを全国に創ることで、財政危機の下でも諸外国と同様に地域包括ケアの中心となる強固なセーフティネット事業体を創出することができる(図4)。
地域医療のガバナンス改革の柱は、人口50万人~100万人単位の広域医療圏毎に国公立病院を経営統合、国立大学がある地域では附属病院を大学から切り離しその統合に参加させることである。これまで自治体が設置者である公立病院の改革が進まなかった大きな理由の一つは、看護師を中心とする医師以外の職員が非公務員化に反対していたからだが、地方公務員給与削減が実施されれば、雇用主都合の退職で割増退職金をもらって一旦退職し、経営統合した事業体に再就職した方が得である。これまで税金で高額医療機器の投資競争をしていた病院群が経営統合すれば、浮いた財源で医師の処遇改善ができる。将来的には完全に民営化して米国の純民間非営利IHNのように非営利医療公益企業とし、ホールディングカンパニー機能を付与すべきである。
ただし、国公立病院と附属病院が経営統合しても、急性期から在宅、介護まで全ての機能を垂直統合した事業構造にはならない。そこで、後方支援病院、在宅、介護、福祉などの急性期以外の部分は、社会医療法人や社会福祉法人の中で非営利性を徹底し社会貢献に熱心な事業体を選び任せることが必要となる。この非営利医療公益企業と社会医療法人、社会福祉法人のグループの役割の一つは、保険者に対し地域包括ケアのインフラとなるデータ提供である。そのデータベースを基盤にケア提供事業体と保険者が実質連結経営すれば、自治体が財政破綻しても自力で生き残るセーフティネット事業体になると期待できる。