昨年12月26日の安倍晋三政権発足から1か月半が過ぎた。経済面ではアベノミクスに対する期待から円安と株高が生じ、経済界の気分は明るくなっている。外交面では中国との関係修復に動き出した矢先に、レーダー照射事件が起きて、正常化に向けた動きに水が差された。
しかし、全体としては日中双方とも冷静な態度を維持しており、正常化に向けた流れを後退させることにはならないように見える。現時点では国民の多くが安倍政権に対して、経済・外交両面にわたり安心して見ていられる政権が発足したという印象を持っているのではないだろうか。
◆安倍首相・習総書記への期待は、スローガン倒れの前政権への反動
日本で安倍政権が発足する1か月余り前の11月15日、中国では習近平が党総書記および党中央軍事委員会主席に就任した。ほぼ同時に誕生した両国の政権を比べてみると、いくつも共通点があることに気づく。
第1に、国民の期待の高さである。2009年9月に鳩山由紀夫政権が発足した後、菅直人政権、野田佳彦政権と3代の民主党政権を経て、安倍政権は3年3か月ぶりに自民党として政権を奪還した。民主党政権時代は、外交面で日米関係、日中関係を悪化させ、内政面では東日本大震災の復興事業および原発問題での対応策において、国民の期待を大きく裏切った。
多くの国民が「コンクリートから人へ」「政治主導の国家運営」などのスローガンに期待をかけたが、鳩山・菅内閣時代に官僚を排除し過ぎて行政運営が停滞した。野田政権はその反省に立って政治主導路線を修正したが、時すでに遅しだった。先の総選挙での自民党の大勝は前政権に対する批判の裏返しによるものである。
国民はスローガンを重視し過ぎて実務面で安定感を欠く民主党の政権運営に対する批判を強め、安心して見ていられる国政運営を望んだ。自民党の政策に積極的に期待するというより、民主党には任せられないので、代替の選択肢は自民党しかなかったという消極的な選択の結果だった。
習近平政権も国民からの期待が高い。これは習近平の過去の政策運営実績からみて彼の政策実行能力に期待するという積極的な要因ではない。2002年に党総書記に就任した胡錦濤が、「人間本位」「科学的発展観」「和諧社会」といったスローガンを前面に出したことに国民は当初大きな期待を寄せた。
江沢民政権時代に経済成長重視路線を突き進んだ結果、貧富の格差拡大、都市と農村の格差拡大、役人の腐敗・権力乱用の深刻化など社会に大きなひずみが生じていたからだ。胡錦濤はこれに対してアンチテーゼを提唱し、その問題解決に取り組む意思を表明した。しかし、10年経って何も変わらなかった。胡錦濤政権が独自色を出せるようになった後半の5年間も殆ど改善が見られなかったことに対し、有識者層を中心に国民の多くが失望した。
2007年10月に習近平が政治局常務委員となり、次期国家主席と目されるようになった時点では習近平に対する期待は目立たなかった。しかし、胡錦濤政権が末期になっても改革を断行しなかったため失望が強まった。この失望の深まりとともに、習近平に対する期待が徐々に強まってきた。習近平政権に対する期待の高さも安倍政権同様、前政権に対する批判の裏返しによるものである。
◆順調な滑り出しに見える日中新政権の前に立ちはだかる難問
第2に、滑り出しの順調さである。冒頭にも書いたように、安倍政権の滑り出しは経済・外交両面において順調である。国民の間には、安倍政権であれば何かやってくれるのではないかという期待感が高まりつつある。
習近平政権もやはり順調な滑り出しを見せている。3月の全国人民代表大会が終わらないと、政策運営を担う国務院(日本の内閣に相当)の人事が固まらないため、現時点では政策は動いていない。しかし、習近平-李克強政権であれば胡錦濤-温家宝政権が先送りした改革を先送りせずに実行してくれるのではないかという期待感が高まっている。
その期待の根拠となっているのは「8条規定」と呼ばれる綱紀粛正に関する具体的な指示である。主な内容は党・政府要人に対する過剰な接待の抑制、虚礼廃止、職務の効率・内容重視などである。過去にも類似の指示が出されたことがあったが、今回のように具体的な内容が示されたことはなかった。
すでに高級官僚を中心に「8条規定」は行動規範として重視されている。その影響から主要都市では高級官僚の接待に利用されていた高級レストランはガラガラになっている。これを見て、中国では有識者も一般庶民も習近平なら何かやってくれるのではないかと期待し始めている。
第3に、直面する構造問題の解決の難しさである。アベノミクスという言葉が流行し、円安と株高で気分は明るくなっているが、まだアベノミクスの政策の中味は固まっていない。5~6月に向けてこれから練り上げていくところである。
解決すべき最大の課題は財政赤字の改善とデフレからの脱却である。そのためには社会保障改革、財政配分の見直し、大胆な規制緩和など、20年以上にわたって先送りされてきた政策課題に取り組まなければならない。
習近平政権が直面する課題も胡錦濤政権が10年間先送りした問題の解決である。安倍政権、習近平政権が立ち向かう課題はともに長期にわたって問題解決が先送りされてきた難題である。その解決に本格的に着手することには既得権益層からの強い反対があり、政治的なリスクが大きい。この点も共通している。
両国とも最重要課題は経済構造改革の推進である。外交面では、両国政府はともに日中経済関係の正常化を重視すると同時に、日中韓FTAの交渉にも前向きである。これらの外交課題解決の大前提が尖閣問題の沈静化である。
両政権とも尖閣問題を収束させたいという意図は一致している。1月下旬の公明党山口那津男代表と習近平総書記との会談を機に両国間の空気は一旦和らいだ。そこでレーダー照射事件が起きて再び摩擦が生じた。
しかし、中国外交部の対応の遅れを見る限り、習近平自身が指示を出してやらせたとは考えにくい。もし中国側が山口公明党代表訪中以後の流れの中で対日政策を進めていくのであれば、引き続き歩み寄りの余地は残されている。
◆安倍―習会談を早期に実現し、両国の協調発展への地ならしを
日中両国とも領有権を巡る摩擦の存在を否定することはできない。しかし、世界第2の経済大国である中国と第3の大国である日本は、ともに世界のステークホールダーとしての自覚を共有し、力を合わせてアジアをリードし、世界に貢献することを目指すべきである。
日本人も中国人も多様な人間の集まりである。すべての日本人を代表できる日本人もすべての中国人を代表する中国人も存在しない。相手国の名前で抽象的な相手を意識する発想を改め、顔の見える個人を意識して両国間の対話を続けるようになれば、摩擦は一部の限られた人間同士だけの問題になる。
日韓関係では竹島問題で対立しても若い女性を中心に日本の韓流ブームは続いており、多くの日本人が韓国旅行を楽しんでいる。これが両国間の対立を緩和する上で大きな役割を果たしているのは明らかである。
そうした経済・文化交流の大きな流れを促進するためにも、安倍―習近平会談を早期に実現し、両国関係を正常化させれば、両国の協調発展の基礎となる経済・文化交流のための大きな舞台が整う。
その舞台の上で前向きかつ強固な日中関係の構築に向けて主役を演じるのは企業と個人である。両国関係の改善は経済の協調発展を支え、政権基盤を強化する。それが安倍・習近平両政権にとって最大の難題である構造改革推進の一助となることは間違いない。