メディア掲載 国際交流 2012.10.26
諸兄姉が拙稿を目にする時、筆者は丁度ストックホルムから帰国した直後であろうと思いつつ、スウェーデン政府のご招待で参加する国際会議のために機内でスピーチ原稿を練り上げている。側聞するところでは、長年の研究が評価されてノーベル賞を受賞された山中伸弥教授は、講演の際にジョークを大切にしているという。しかも米国では大阪で受けるジョークを、また英国では東京で受けるジョークを交え講演されると聞く。山中教授に比べ知性もユーモアのセンスも劣る筆者ではあるが、それでも国際会議の場では、①世界に通じる知性と②厳しい知的試練に立ち向かう忍耐力及び謙虚さに加え、③ユーモアの精神が不可欠だと考えている。そして山中教授同様、筆者も米英でジョークを使い分けている--米国ではハリウッド映画の台詞を上方漫才風にアレンジした形で、英国ではシェイクスピアやディケンズの言葉をもじった形で臨むことにしている。スウェーデン人の前で話すのが2度目の筆者は、今回、劇作家ストリンドベリの『夢幻劇』の中の台詞を引用する予定だ。
グローバルな知的対話では難しい課題を取り扱うが故に、研ぎ澄まされた知性と真剣さが必要だ。とはいえ参加者も結局は"人間"である以上、夏目漱石が指摘した通り"智"一辺倒では"カド"が立ち、知的対話自体がおぼつかなくなる。従って窮屈にならない程度の"意地"を通し流されない程度に"情"に棹さすセンスが求められる。そのためにはユーモアの精神がどうしても必要であると考えている。
ジョークと同時に必要なのが知的忍耐力と謙虚さだ。ケネディ行政大学院(HKS)出身のジェイン・ヘニー女史やマーク・マクレラン氏が嘗て米国食品医薬品局(FDA)長官であったが故に、医学に関し門外漢である筆者にも、新薬開発等の制度問題に関する国際会議の招待状が数多く舞い込んでいた。その際に山中教授の話が出た時の思い出を諸兄姉にご紹介したい。
或る会議で、隣に座ったハーバード大学医学部の教授が、山中教授を讃える2007年12月11日付『ニューヨーク・タイムズ』紙の長文記事を参加者全員に紹介した。その記事には度重なる失敗にも衰えることのない教授の知的忍耐力が描かれていた。同時に96年に米国から帰国した際、「誰も理解してくれなかった」と過去の苦しい経験も記されていた。日本には世界の最先端情報を日本語以外で検索しない研究者が多数存在する。このため山中教授と同じ様な辛い経験をする人は少なくない。また周知の通り07年に山中教授は科学誌『ネイチャー』に同僚と3人の、また専門誌『セル』に7人の共同論文という形で画期的研究成果を公表された。しかし両論文を見るとアルファベット順でもないのに山中教授の名前が最後に載っている。かくして筆者の周囲にいた研究者は紹介された記事を読みつつ、山中教授の知的忍耐力と同時に謙虚さにも賞讃を惜しまなかった。
臨床治療への道は未だ長くて険しく、山中教授の知的忍耐力はこれからも続くと推察される。教授のご活躍を祈りつつ、筆者も①知性、②忍耐力と謙虚さ、更には③ユーモアの精神を忘れず研究を進めてゆくつもりだ。関連して、HKSの友人でリーダーの資質を倫理面から考察するケネス・ウィンストン氏を囲んで、東京で研究会を近く開催する予定である。グローバルに観て厳しい政治経済社会環境下にある我が国は、いかなる形の崇高なる精神で臨むべきか。それをユーモアの精神を忘れずに考えてゆきたい。