メディア掲載  国際交流  2012.10.24

日本経済再生と日中関係

JBPressに掲載(2012年10月22日付)

 「日本経済にとっての中国経済の重要性は来年、再来年になればよりはっきりと見えてくる。それは日本の高度成長期における米国経済のようなインパクトを持つものだ」
 これは講演等の機会に繰り返し述べてきた私の見方である。日本と中国が今後、一段とウィン・ウィン関係を強めることにより日本経済へのプラスのインパクトがさらに高まることを予想したものだった。
 ところが、尖閣諸島国有化問題を巡る日中関係の悪化により、タイミングは予想より早く、方向は日中両国の経済に対するマイナス効果が生じる形で日中経済関係の重要性が明らかになりつつある。


◆日中関係悪化は両国の経済だけでなく内政にとっても大きなダメージに

 中国での受注急減を背景に日本の大手自動車メーカーが3社とも大幅減産に追い込まれた。
 自動車産業は関連産業の裾野がとくに広いため、他の日本企業に与える影響が大きい。最近は各社とも自動車部品の現地調達比率を引き上げているため、中国経済への影響も同様に大きいはずである。
 中国リスクに対する懸念の増大が、自動車関連産業以外も含めた日本企業全体の対中投資戦略の抜本的な見直しにつながれば、両国経済へのダメージはさらに拡大する。
 消費税増税を決定したものの、財政再建、経済再生の道筋が見えていない日本経済にとっては極めて深刻な問題である。足許の経済回復、雇用確保、そして長期的には日本経済再生を目指すのであれば、早期に日中関係の正常化を図る必要があるのは言うまでもない。
 好むと好まざるとにかかわらず、日中両国の関係はすでにそこまで緊密化しているのである。それを明確に意識しながら対中外交に臨むことが必要となっている。
 中国に対して安易に妥協することは政治的に不可能であるが、経済回復、雇用確保、経済再生のエンジンとなる日中間のウィン・ウィンの経済関係を犠牲にすることもできない。
 経済関係を犠牲にすれば、国民が一番困るのは言うまでもないが、政権与党としても経済停滞を招いた責任を追及され、次の総選挙で政権交代に追い込まれる可能性が高まるからである。
 この政治と経済のバランスをうまくとりながら、日中関係をコントロールしていくことが今後の日本の政権与党にとって極めて重要な課題であることが今回の事件によって明らかになった。
 一方、中国政府は、今後経済成長率が徐々に低下していく中で、貧富の格差の改善、国有企業の民営化、官僚の汚職・腐敗・権力乱用の是正、環境保護規制の強化など、いくつもの難題を抱えながら、経済と社会秩序の安定を維持していかなければならない。
 そうした内政事情を考慮すれば、日中経済関係を政治外交の犠牲にできなくなった点は中国の政権にとっても同様であるはずだ。


◆天安門事件後、日本がいち早く中国と経済協力を復活させた理由

 少し視点を変えて、過去の日中関係を振り返ってみたい。1980年代、中国経済は改革開放路線を順調に歩み、日本は中国に対する経済協力、技術支援を惜しまなかった。
 1989年の天安門事件の後、中国は世界中から人権問題を批判されて国際社会の中で孤立した。国内経済面では保守化回帰への揺り戻しの中で、経済発展が停滞した。その時、世界に先駆けて中国への経済協力を復活させたのは日本政府だった。
 それは中国を再び世界の中で孤立させるのではなく、改革開放政策の継続によって世界の政治経済の重要なプレイヤーの一員として加わらせるために自ら率先して動いたものである。それが日本の国益にとって重要であるという判断に基づく外交戦略だった。
 米国の政策に対する受け身の形で外交政策を展開することが多い日本にとっては、珍しく主体的に国益と国家戦略を考えて動いた結果だった。
 その考え方は世界から支持され、日本に続いて他の欧米諸国も中国との関係回復に動いた。その発端を開いたのは日本だったのである。
 その後、10年以上を経て日本経済はその恩恵を受けた。中国は1990年代以降、インフレや不良債権問題に苦しみながらも改革開放の基本方針を堅持し、長期にわたって高度成長を続け、日本にとって重要な貿易相手国となった。
 米国のITバブル崩壊後、そしてリーマンショック後の世界経済停滞の中にあって、日本経済は中国向け輸出の拡大を支えとして景気回復を実現した。
 そして現在も、欧州財政金融危機とその後の欧州経済停滞、そして米国経済の長期停滞からの回復の遅れが続く中、日本経済が相対的に健全性を維持できているのは、やはり中国との経済関係の影響が大きい。
 その意味で、日本が1990年代初頭に中国を世界の政治経済の重要なプレイヤーの一員に加わらせるために動いた政策は、日本自身にとって多大な恩恵をもたらしたのである。これは外交政策として非常に大きな成功だったと評価することができる。
 今後日本が経済再生、財政再建を実現していくためにも、中国とのウィン・ウィン関係をより強固なものとしていくことが必要である。


◆世界経済も日中関係の行方を固唾をのんで見守っている

 1972年に田中首相、大平外相が大きな政治リスクを冒しながら、日中国交正常化に踏み切った。そして、1980年代、大平総理が対中経済協力を実施し、それが中国経済の発展に大きく貢献した。
 そこから得られた日本にとっての果実は上記のとおりである。国家経済を長期的に発展させるには、こうした大きな国家戦略を描き、政治的なリスクを乗り越えて、国益の実現を図っていくことが重要である。
 現在、日本は中国との関係において、非常に難しい外交課題を抱えている。しかし、これは今に始まったことではない。1972年の国交正常化の方がはるかに難しい問題だったはずだ。
 一方、経済的なメリットの大きさは明らかである。世界第2位と第3位の経済大国が、1980年代以来、双方の努力で築き上げてきた緊密な経済関係を維持して、ウィン・ウィン関係を享受しているのである。
 これをさらに発展させることが両国にとって極めて大きな恩恵をもたらすことは明白である。
 さらには、今回のIMF総会でも明らかとなったように、世界中の人々が日中関係が正常化し、両国が世界経済のリード役として停滞する世界経済の支えとなることを期待している。
 これは日中関係の改善が日本経済の再生や中国経済の安定のみならず、世界経済にとっても重要な意義を持つようになったことを示している。その土台を形成したのは1980年代から90年代の日本自身の政策努力だったことを忘れてはならない。
 今回の尖閣諸島国有化問題を巡る日中関係悪化の発端は石原都知事の尖閣購入発言だった。これを阻止し、「平穏かつ安定的な維持・管理」のために日本政府は尖閣諸島の国有化に踏み切った。その真意が中国側に理解されず、日中関係は悪化してしまった。
 しかし、日本政府の尖閣諸島に関する「平穏かつ安定的な維持管理」を目指す基本方針は日中双方の国益に沿ったものである。周恩来や鄧小平が下した賢明な判断に基づいて領土問題を棚上げしてきた中国の基本方針にも合致している。
 以上を踏まえて、少なくとも現状に比べれば、平穏かつ安定的な従来の状態に戻すためには日中両国でどのような解決策があるのかを模索し、早期に実行に移すことが望まれる。
 それが中国における日本企業の製品・サービスに対する需要回復、そして対中投資の拡大傾向持続につながれば、日中両国がこれまで30年以上の時間を費やして築いてきたウィン・ウィン関係をさらに発展させることができる。
 これは1972年の国交正常化以降、1980年代、90年代と日本が主体的に取り組んできた国家戦略の果実をきちんと収穫し続けることを意味する。
 短期的な視点にとらわれず、大きな視点から日中関係の意義を考え、国益に沿った国家戦略を冷静に実現していくことが重要である。