その他  グローバルエコノミー  2012.10.05

藤本祥二インタビュー~「コブ・ダグラス型生産関数とジブラ則」(統数研共同研究集会「経済物理学とその周辺」平成24年第2回研究会(統計数理研究所・キヤノングローバル戦略研究所共催))

 藤本祥二研究員は、8月27日、「経済物理学とその周辺」研究会において「コブ・ダグラス型生産関数とジブラ則」と題する研究発表を行った。研究の背景・内容に関して、柏木恵主任研究員がインタビューを行った。

専門的なご関心がある方は、こちらの発表資料をご覧ください。



【柏木】藤本さんが研究されている「経済物理学」を一般の方に知っていただくために、これがどういう学問なのかを分りやすく説明して下さい。


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【藤本】 「経済物理学」は、物理学の原理や原則を適用して経済現象を明らかにしようとする学問です。経済学とは経済現象を扱うという点では同じですが、アプローチ方法が異なります。物理学は自然現象を対象にしています。自然現象は、大もとを辿ると、分子や原子という単純な物体が力のやり取りなどの相互作用をしている現象です。経済現象は、金銭のやり取りなど、人と人との相互作用です。そうした経済現象に対して、自然現象に当てはまる物理学の原理や原則などが適用できるのではないかと考えられるのです。物理学の場合には、経済学ではできない「実験」ができます。これは、特定の条件を設定したうえで実データをとって分析するということです。最近では、情報技術の発展によって、大量のデータをこれまで以上に簡単に入手することができるようになり、かつそのデータ処理も相当のスピードでできるようになっています。例えば、百億件程度のデータなら1秒もかからずに処理することができます。このような新しい環境の下で、物理学の解析手法を経済の研究・分析に適用することが可能になってきたと思います。


【柏木】藤本さんの研究を理解するには、「ベキ分布」、「スケーリング」、「ジブラ則」などの専門用語を理解する必要がありますが、初めて聞いた方にも分るように説明して下さいませんか?


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【藤本】 まず「ベキ分布」ですが、「分布」とは「確率分布」のことです。データ全体がどのような確率(割合)で出現するかを表したものを「確率分布」と言います。サイコロの例を挙げますと1~6の全てのデータの出現確率は6分の1になります。この例の場合は全ての確率が同じなので「一様分布」と呼ばれています。確率の分布の様子によって様々な名前の確率分布があります。xの2乗や3乗のことを「ベキ乗」と言います。この「ベキ乗」を2や3の自然数から負の数や小数を含む実数に拡張したものを「ベキ関数」と言います。「ベキ分布」は「確率分布」がこの「ベキ関数」に従うというものです。経済物理の研究によって、企業や個人の資産、所得、利益、売上げ、従業員数など、多くの経済データがこの「ベキ分布」になることが分かって来ました。
121004_fujimoto_photo2.jpg  「ベキ分布」の重要な特徴の一つが「スケーリング」という性質です。例えば、売上100万円以上の会社が1,000社あり、このとき売上1000万円以上の会社が100社、売上1億円以上の会社が10社あるとします。この例のような「売上げが10倍になると確率が10分の1になる」という関係が100万円規模の会社や1000万円規模の会社や1億円規模の会社、どのスケール規模の会社で見ても成り立つというのが「スケーリング」の特徴です。この特徴を示す分布(この場合は、売上高による会社数の分布)が「ベキ分布」というわけです。
 成長の過程に関係する「ジブラ則」も「スケーリング」と類似の性質のものです。例えば、会社がある年から次の年にどれくらい成長したか(例えば、売上でどのくらい伸びたか)を比率(=成長率)でみるとします。会社によって成長率は違いますから、数多くの会社を集めると成長率の分布を見ることができます。このとき、例えば売上高で100万円規模の会社群の成長率の分布と1000万円規模の会社群の成長率の分布が同じになることを「ジブラ則」と言います。


【柏木】コブ・ダグラス型生産関数は、経済学のなかで重要です。藤本さんの今回の発表で、私のような経済学の人間からすると、コブ・ダグラス型生産関数の正当性をジブラ則のような別のアプローチから「証明」していただいたような印象を受けました。その理解は正しいですか?


【藤本】 生産関数は、ご承知のとおり、企業が生産のために投入する資本、技術、労働力、原材料などの投入物と生産量の関係を数式化したものです。
 今回の研究では企業の売上高、従業員数、有形固定資産のデータを解析しました。それぞれのデータが「ベキ分布」であることが分かりました。さらにそれぞれのデータ間の関係を「ジブラ則」に注目して分析した結果、関係式はコブ・ダグラス型生産関数に一致しました。つまりコブ・ダグラス型生産関数は「ベキ分布」や「ジブラ則」の特徴である「確率分布のスケーリング」を自然に満たしている関係式だということになります。そういった意味で、「証明」したという捉え方をしても間違いではないと思います。
 物理学の基本はデータの観測です。観測したデータを様々に加工して理解して、理論やモデルを構築します。経済データの観測に物理学の方法を応用して、従来から知られている経済法則を新しい解釈で再確認できることもありますし、あるいはまだ誰にも知られていない経済法則を発見することもできると思っています。今回の「ジブラ則」と「コブ・ダグラス型生産関数」に関する研究成果は、前者の「経済法則の再確認」に当たるものだと言うことができると思います。


【柏木】経済活動など私たちが生きているこの世界での活動を物理学でいう分子や原子のような物体の運動ととらえて、物理学的手法で経済を分析するというのは大変画期的な方法だと思いますが、今回発表された研究を含めて、藤本さんの研究の今後の発展・方向性について教えてください。


【藤本】 歴史的にいうと、18世紀後半から起った産業革命には熱力学の応用が大きく貢献しています。熱力学は温度や圧力や体積の変化などについて、いろいろな実験から経験則として法則を見つけていました。しかし、温度変化を計測することはできますが、なぜ変化するかは分かってはいなかったと言えます。19世紀の終りに統計力学が導入され、これによって、分子の動きから熱力学の法則が説明できることになりました。分子の動きは分子の数が多くなると大変分析が難しくなりますが、分子の量が大量になればなるほど、確率という方法を導入することで分析できます。これが統計力学というものです。これによって、温度変化などの熱力学の法則が説明できることになったのです。統計力学は、その後20世紀前半に入って量子力学などにも応用され、その発展に貢献しています。
 経済現象についても現在は、温度や圧力や体積などのようにトータルの量(GDPなど)をマクロから見ていて、現象のミクロにある一つ一つの小さな要素の動きとの関連を完全には捉えていないので、運動法則を解明しきれていないのではないかと思っています。経済物理学のような方法を用いることによって、ミクロな人間活動とマクロの経済の動きを関連付け、関係を解明することができるのではないか。そういう関連・関係が理解できるようになると、物理の応用によって、例えば温度上昇に対してクーラーで冷やす方法が見つかったように、経済活動の大きな動きもそれをコントロールする方法、例えばリーマンショックのような大きな危機を、事前に察知したり回避したりする方法を見つけることができるようになるのではないかと思っています。



専門的なご関心がある方は、こちらの発表資料をご覧ください。