その他 グローバルエコノミー 2012.07.12
「TPPおばけ騒動と黒幕~開国の恐怖を煽った農協の遠謀~」の著者、山下一仁研究主幹にその内容についてインタビューをおこなった。
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【聞き手】 まずこの本の狙いについて教えてください。
【山下】 この本は、ご覧のとおり、研究書ではなく、一般向けの本として書いています。
特に、第1章と第11章は、将来の予想に基づいてフィクションを書きました。その理由はいくつかあります。まず、TPPを巡っては、JA農協などが大々的に反対論を繰り広げて来ました。その反対運動は、医師会なども巻き込んで、成功したかに見えます。反対派はTPPに参加するとこれほどひどいことが起るということを盛んに宣伝しました。アメリカの食いものになるとか、国民皆保険が崩壊するとか、単純労働者を受入れさせられるとか、公共事業が外国に取られるとか。しかしそれらは、通商交渉などについて専門知識のない人達の想像の産物で、まさに「TPPおばけ」と呼ばれるべきものです。実際にそんなことは起きません。事実、アメリカの通商代表部の担当者は、公的医療保険や単純労働者の問題はTPPの対象ではないと明言しています。
他方、TPPに参加しないとどうなるのかということについては、あまり議論されていません。TPPに入らなかったら、日本の中小企業が広大なアジア太平洋市場から排除されることになります。国内の産業が空洞化し、雇用が減少することもあり得ることです。国際経済学・国際経済法の専門家からみると、実はそちらの方がよほど起り得るシナリオと考えられる訳です。TPPに参加しなかったら何が起り得るかということは、現在の事実ではなく将来の話なので、フィクションとして書いたのです。
【聞き手】 他にもフィクションとして書いたのはどういうところですか?
【山下】 JAもTPP反対運動の落とし所を考えていると思います。これまでの経験から、彼らが考えているのはこういうことに違いないということは、かなりの確度で推測できます。これも事実ではなく推測なので、フィクションとしました。
農協のTPP反対論の根元は関税確保・既得権益維持です。しかし、それに固執することは、農協自身にとっても利益にならないのではないかと考えられます。日本の農業は高齢化と人口減少で、これまで守ってきたマーケットが縮小しています。生き残るには輸出するしかなく、それには相手国の関税を下げる必要があります。だから貿易の自由化交渉が必要になる訳です。
またTPPに入らないことによって自分達が国内の他のグループから悪者にされてしまうというリスクもあると思います。さらに、農協の構成員の大半は兼業農家です。小規模な稲作農家は、農業所得の赤字を兼業所得で補っているのが現状です。TPPに入らなかったことによって、国内の産業が空洞化すれば、彼ら自身の働き口や所得源も失われかねないのです。
JAにもいろいろな組織があります。政治組織としての全中(全国農業協同組合中央会)、農業事業を行う全農(全国農業協同組合連合会)、JA共済、JAバンクとその全国団体の農林中金などです。今日のようなTPPを巡る状況について、それぞれの団体の思惑は同じではないと思われます。JAの儲け頭であり、その意思決定に最も影響を与えると考えられるのは、JAバンク、特に農林中金です。農林中金ならどう考えるのだろうかと推測したのです。
【聞き手】 フィクションの結末は、ゆうちょとJAに関わってきます。
【山下】 TPP反対論者の想像した「おばけ」はともかくとして、TPP参加によって影響を受けるのは、ゆうちょ・かんぽであると考えられます。それは米国が国営企業に対する規律を問題にしようとしているからです。ゆうちょが完全民政化され、国営企業でなくなれば、問題はありません。ところが、民主党政権下で郵政の民営化は中途半端な形になってしまいました。ゆうちょ・かんぽはTPPによって規律されます。
これに関連して、地方では、ゆうちょとJAバンクが競合しているという事実があります。JAがもしTPPからメリットを受けようとしたらどういうことを考えるべきか。ここから先は、本を読んで欲しいですね(笑)。ヒントは、業務の効率化、集金力、運用ノウハウです。
【聞き手】 フィクション以外のところではどのようなことを書かれていますか?
【山下】 第2章から第10章では、TPP反対派の主張に対する反論と、日本が積極的にTPPに参加すべき理由を書いています。反論については、主に2012年3月29日に東京大学公共政策大学院で行われたシンポジウムでの議論を取上げました。このシンポジウムは、賛成派と反対派が集まって、農業だけでなく包括的にTPPに関連する問題を取り上げた唯一のもので、それ故に価値ある機会だったと思います。賛成派の意見・反対派の意見ともに、You Tubeで見ることができます。その機会に反対派から出された意見は反対派の基本的なポイントを網羅していると思われます。そこで、もう一度それらを取上げて、その場で反論したこと、時間の制約で言い足りなかったことを加えて、体系的に反論しました。また、なぜ賛成するかという理由ももう一度明らかにしました。
【聞き手】 TPP交渉の現状と日本政府の対応について、どのように見ていますか?
【山下】 そもそも外交交渉の参加・不参加は政府が単独で決めることです。これまでも、例えばガット・ウルグアイラウンド交渉のときも、政府が与党自民党と協議して入るか入らないかを決めるようなことはありませんでした。交渉の結果について、例えばコメの部分開放などについては、政党の了解が必要です。条約には国会の承認が必要となるからです。政治プロセスは交渉後に行えばよいのです。交渉するかしないかということを、今回のケースでは菅内閣が民主党と協議してしまいました。それが現在の混乱の原因になっています。
TPP交渉自体は、アメリカの大統領選挙の前に大きな前進は考えられませんし、来年に入ってアメリカの新政権の陣容が固まるまで大きな動きはないと思います。また、9月に日本が参加表明をしても、日本の参加に反対する自動車業界を抱えるアメリカのオバマ政権は、11月の大統領選挙を控え、イエスとは言えません。アメリカが日本の参加を了承するのは、来年2~3月頃になるでしょう。そこから議会に通報して90日後に日本が交渉に参加できることになるので、日本が実際に交渉のテーブルに着くのは来年5月くらいになるかもしれません。
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