その他 グローバルエコノミー 2012.07.06
6月15日に開催されたCIGS Workshop 「How Fast are Prices in Japan Falling?」 の発表者、渡辺努研究主幹にその研究の背景についてインタビューをおこなった。
専門的なご関心がある方は、こちらのCIGS Workshop 開催報告から発表資料と論文をご覧ください。
【聞き手】 渡辺さんのチームは、日本の消費者物価指数(総務省が作成)を、別の作成方法で作るとどんなことになるかを研究していますね。
【渡辺】 日本の方式では、指数作りに使う商品をあらかじめ決めて、その価格を調べて指数を作ります。これをPurposive samplingといいます。他方、米国の労働省統計局(Bureau of Labor Statistics)の方式は、あらかじめ選ぶことをせずに、広い範囲から商品を選ぶやり方です。これをRandom sampling といいます。 私達は、まず、Purposive samplingと Random samplingではどのくらい結果が違うかという比較をしました。また、Purposive samplingの中で、特売時の価格の取扱いなど、総務省のやり方に対して疑問の声があるものについて、総務省が対象としていない一週間以内の特売価格も取り入れるやり方も比較しています。今回、こうしたことをまとめて中間報告を出しました。
【聞き手】 今回の発表で、それぞれの方式による結果は、素人目にはあまり違わないように感じられたのですが、いかがですか?
【渡辺】 出席者の方からもそういう指摘はありました。対象期間を2000年から2010年までとしたとき、2000年から2007年くらいまで価格はゆっくりと下落し、2008年に入って小麦などの価格の上昇がみられ、その後リーマンショックで再び下落しています。このような流れでみると、どのインデックスでもそれほど大きな違いは見られませんでした。従って、大まかな動きでみると大体結果は同じだという指摘は正しいと思います。
【聞き手】 それでも、今回の発表では、それぞれの方式による結果についてどれほど違うのかということを強調されていたようですが。
【渡辺】 私達は、総務省類似の指数の作り方、BLS類似の指数の作り方、それぞれの方法で、過去10年について日本のインフレ率を出してみました。その結果の差は、それほど大きくはありませんが、注意深くみると重要な違いがあります。例えば、総務省方式で1%を上回るインフレという結果が得られた場合でも、BSL方式による結果はマイナス(つまりデフレ)ということが少なくありません。つまり、一つの方式でインフレ率がプラスのときに、どの方式でもプラスになるかというと、そうではないということです。
それぞれの方式によって異なる結果が出たとき、一つの指数でみてインフレ率がプラスになったことをもってデフレが終ったというふうに考えるのか、それとも考えられる様々な指数がプラスになって初めてデフレが終焉したと考えるのか、この二つの考え方があると思います。私達は、慎重な立場をとって、総務省方式でプラスになったということだけでなく、他の方式で確認してみてもプラスになっている状況になって初めてデフレが終ったと判断すべきなのだろうと考えました。
【聞き手】 日本の消費者物価指数(CPI)は、生活実感を表わしていないという意見がありますが?
【渡辺】 そういう意見は、CPIのような数値を取扱うときに、必ず出てきます。世の中にはいろいろな商品が存在し、いろいろな価格が存在します。CPIはそれらの価格を一つの数値として表現しようとするものです。たくさんの価格をひとつの数値で表現するのは決して容易ではありません。そこにどうしても無理がでてきて、すべての要求を完全に満たすことは不可能です。例えば、高齢者のみている物価と若者がみている物価は、生活空間の違いもあって、同じではありませんが、CPIはそれでもその平均的な姿を捉えようとします。そのためどこかでほころびが出てしまいます。そうした制約の中で、できるだけ精度を高めて全体の価格の動きを測るというのがCPIの基本的な考え方で、そのためにさまざまな工夫がなされています。物価を経済の「体温」とみるとすれば、CPIという統計は「体温計」です。完全な体温計ではないかもしれませんが、それで政策の判断をしなければいけない訳です。
【聞き手】 日本のCPIは、「選択の変化」を反映していないとか、売れているものを入れていないとか言われています。
【渡辺】 長期にわたる景気低迷を背景に、高級品から普及品へと需要がシフトしているとの指摘がありました。そのように需要がシフトすると購買単価(unit price)は下がります。しかしこの単価の低下は、高級品から普及品への品質の低下を反映したものであり、価格の下落ではありません。価格の変化と品質の変化を峻別するというのが物価指数の大原則です。物価指数はあくまでも同じ品質の商品の価格がどう変化しているかを測るものす。総務省のCPIや今回私達の研究で作ったものは、基本的にはそういう考え方に基づいています。つまり、同じ品質の物について価格を追い続けるというやり方です。
出席者の方が「西友指数」について言及されました。売れ筋商品をきちんととらえるという意味では、総務省のやり方も「西友指数」と変るものではありません。また、私達がこの研究でやっていることは、過去1ヶ月間あるいは過去3ヶ月間で一番売れている商品を選んで来て、その価格を見ていますから、売れ筋を捉えるという意味では「西友指数」と遜色ないものになっていると思っています。ただし、我々の指数では、品質の変化と価格の変化を峻別しており、その点が「西友指数」と大きく異なっています。
専門的なご関心がある方は、こちらのCIGS Workshop 開催報告から発表資料と論文をご覧ください。