昨年12月、中国内陸部の主要都市である、重慶、成都、武漢を1年ぶりに訪問した。その3都市の不動産価格前年比上昇率は1年前に比べて顕著に低下していた。10年12月と11年12月の上昇率を比べると、重慶は8.2%からマイナス0.6%へ、成都は3.8%から1.3%へ、武漢は6.4%から2.5%へ、いずれも低下していた。これらのデータから見て、不動産取引規制が11年1月以降一段と強化された影響で、内陸部の不動産市場もある程度勢いを失っているのだろうと思っていた。しかし、各都市の市街地に足を踏み入れた直後にその先入観が的外れだったことに気づかされた。重慶は前年同様の建設ラッシュが続いていた。さらに驚いたことに、成都と武漢は前年を明らかに上回る建設ラッシュとなっていたのである。
本年4月には温州を訪問した。その直前の3月、温州の不動産価格は前年比マイナス9.0%と全国最大の下落率を示していた。これほど大幅な価格低下が生じれば、バブル崩壊の様相を呈して街全体が真っ暗な雰囲気になっていると想像するのが普通である。とくに温州は中小企業の街として有名で、最近は中小企業の資金繰りが厳しくなっていることを考え合わせれば、温州市は相当深刻な経済停滞に陥っていると類推できる。私自身も温州を訪問する前まではそういうイメージを心に抱いていた。しかし、ここでも再び事前のイメージが的外れだったことに気付かされた。空港からタクシーに乗り、市街地に入ってすぐに目に飛び込んできたのはマンション建設現場のクレーンと油圧ショベルだった。少し見通しのいい道路や橋の上に立つと、複数の方向にマンション工事現場が容易にみつかった。建設機械はいずれも稼働中で、工事が中断しているところはなかった。
中国の経済はデータを見てもわからないことが多い。とくに地方ではそういうことがよくある。不動産価格のデータが整備されている国は先進国に限られている。経済的に余裕がない発展途上国で統計の整備にコストをかけるのは難しい。中国の不動産統計は日本のように定点観測型ではない。一定の範囲の地域内で販売された物件の総額を総面積で割って算出している。したがって、値段の高い市街地の取引が増えれば、取引平均単価が上昇するため、不動産価格が上昇したように見える。今起きているのはその逆の現象である。政府が不動産取引を厳しく規制しているため、買い手は先行きの値下がりを期待して買い控えている。一方、売り手は高度成長に支えられた不動産の潜在需要の強さを知っているため、大手不動産業者は取引規制の解除とともに値上がりするのを待っている。資金力のない中小不動産業者だけが目先の資金を手当てするために損を覚悟で物件の販売を余儀なくされている。いま取引されているのはそうした中小業者の持つ郊外の比較的価格の低い物件である。したがって統計上の平均単価は低下する。しかし、実際には市場実勢価格は下がっていない。現場に行って直接自分の目で見れば実感が湧く。
中国経済を理解するうえで、この現場感覚が非常に大切である。日本企業が中国ビジネスを展開する際に、迅速かつ大きな決断を迫られることが多い。それを最終的に決断するのは社長の仕事である。成功する企業の社長は中国によく来ていると言われる。日本の本社でどんなに詳しい説明を受けても現場を見なければ最後の決断を下すことが難しいからである。
【2012年5月16日 電気新聞「グローバルアイ」に掲載】