メディア掲載  財政・社会保障制度  2012.03.13

医薬経済学的手法による医療技術評価を考える<1> イノベーション評価をめぐる最近の動き

医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス PMDRS, Vol.43 No.1(2012年1月10日付)に掲載
はじめに

 医薬経済学の本質は医療技術がもたらす相対的価値(Value)の定量化にあり、医薬経済学は医療の金銭に見合う価値(Value for money)を検証するサイエンスである。したがって、それは価値に基づく医療(Value-based Medicine; VBM)の学問的基盤を形成するとともに、その手法は医療イノベーションの評価に応用できる可能性をもっている。
 評価の対象となる医療イノベーションは、狭義には医薬品、医療機器に限定されるが、広義には医療システムも含むと考えられ、Towse A. らはマクロとミクロの医療技術評価という分類概念を提唱している。医療イノベーションの需給の関係からみれば、イノベーションを促進する2つの側面が存在する。すなわち、技術移転や臨床試験インフラ、研究開発組織の整備などの供給面と、薬事承認、償還、価格などのような需要面である。まず取り組むべきは前者と考えられるが、後者は衣料品、医療技術の開発プロセスにおけるインセンティブを高めるのに役立つ。
 許認可行政の観点から、イノベーションを新しい技術が国での承認を得るためのハードル問題として捉えると、それは医薬品承認における中心的問題となる。そのため、従来、医薬経済学は新薬の償還問題(いわゆる第4ハードル問題:費用対効果性;第1,2及び3ハードルは、それぞれ、安全性、品質及び有効性)との関連で発展してきた。歴史的な例としては、カナダ、オーストラリア両国により1990年代初頭より始まった医薬品承認への経済評価の必須化がある。さらに英国NICE(英国国立医療技術評価機関;National Institute for Health and Clinical Excellence)の設立とその活動に伴って、医療技術評価(Health Technology Assessment; HTA)は、医薬品行政における医療イノベーション評価のコア概念として特別な意味をもつようになった。したがって米国FDAに見られるように、新薬承認の第3ハードルまでの問題に関する学問的基盤を提供するものとして体系化されつつあるレギュラトリーサイエンスは、HTA概念を通じて医薬経済学と密接に関連することとなった。しかし、多元的な価値が存在すると考えられる医療イノベーションを、英国NICEの例にあるように、単一の指標QALY(質調整生存年)のみを用いて評価するのは問題があるとして、ドイツは効率的フロンティアを用いたイノベーション評価を提唱している。一方で、新たな潮流として、英国は2014年からの価値に基づく薬価算定(Value-based Pricing; VBP)の政策化を政府方針として打ち出し、国際的な論議を巻き起こしている。
 わが国も、1992年8月には新薬の薬価申請資料への医療経済学データの添付が認められ、当時の厚生省がいち早く欧米のHTA問題に呼応した歴史をもつ。しかし現時点でも、新薬の価格算定における医薬経済学研究の取り扱いルールが明文化されておらず、医薬経済学的に優れた薬剤であるデータを提出しても、それが薬価に反映されないであろうとの観測が一般的であり、それが費用対効果データの提出に関して業界のインセンティブを下げる結果となっているとの分析結果がある。
 しかしながら、近年の海外におけるめざましい医薬経済学の興隆を受け、わが国でも2010年秋頃より、医薬経済学的手法を薬価制度に導入するための検討を行う動きが国レベルで起きている。そこで、この小論では、その新たなHTAへの潮流を展望し、イノベーション評価への応用可能性と限界を考える。



<医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団より許可を得て医薬品医療機器レギュラトリーサイエンスVol.43, No.1, P.39-44 (2012) より転載>

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