メディア掲載  財政・社会保障制度  2012.01.04

創薬に霞ヶ関の機能強化を

『あらたにす』新聞案内人 2012年1月3日号に掲載

新成長戦略の頭脳が流出
 昨年12月12日、内閣官房医療イノベーション推進室長の中村祐輔氏が辞任し米国シカゴ大学に移籍する、との報道があった。同推進室は、新成長戦略の目玉である医療産業国際競争力強化のために設置されたものであり、中村氏の辞任は日本経済再生に大きな痛手である。
 12月14日に平成22年科学技術研究調査結果が発表され、2010年における医薬品の技術導入収支(パテント料の受け払い収支差)が明らかになった。これにより、同年中の医薬品・医療機器貿易収支が確定した。


医療貿易赤字は1.5兆円に
 表1のとおり、その赤字額は1990年の2,802億円から20年間で1兆4,850億円と5.3倍に膨らんでいる。医療産業の国際競争力を強化しこの赤字を縮小、将来黒字に転換することは、日本経済再生の必須要件なのである。


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 わが国における医療分野の研究開発体制の欠陥については、中村氏が行政刷新会議に提出した次の資料に明記されている。
(http://www.cao.go.jp/sasshin/doku-bunka/kaigi/2011/bunka_1024/01.pdf#search=「日本発の医薬品を開発するための課題」)
 同氏によれば、元凶は「各省の創薬に対する支援は、アカデミアのシーズ開発から実用化までのプロセス全体をカバーできていない(霞が関の谷間)」ことにある。言い換えれば、研究から実用化に至るプロセスの橋渡しをすべき役所の機能が不十分で、産官学の効率的な連携ができていないことが問題なのだ。
 中村氏が力説するとおり、各省が行っている事業の集約と抜本的強化を急ぎ、創薬支援の共通基盤を構築すべきである。当コラムで私が繰り返し提唱してきたメガ非営利医療事業体は、その共通基盤の核になる仕組みにほかならない。
 他産業では、大学等による基礎研究の成果を実用化するプロセスでは株式会社など営利企業が大きな役割を果たしている。しかし、医療でその機能を担っているのは、創薬で先行する欧米諸国においても株式会社形態の病院ではなくメガ非営利医療事業体である。なぜなら、新しい医薬品や医療機器を患者に適用開始する臨床研究段階では、コスト高のため医療機関側が赤字になることが多い。したがって、利益最大化が目標である株式会社病院は、新技術が普及し始め利益が得られることを確認しない限り手を出さない。これに対して、メガ非営利医療事業体ならば、赤字となる臨床研究部門を抱えながら事業体全体を黒字にすることも可能だ。敢えてリスクをとるメガ非営利医療事業体側のインセンティブは何か。世界中から一流人材を集め世界ブランドを築くこと、それによって更に創薬や研究・開発での競争力を高める好循環を実現することである。