コラム  国際交流  2011.12.12

現在の経済危機について(1):10月27日未明発表のEU首脳会議の債務金融危機の包括戦略

シリーズコラム『小手川大助通信』

1.
報道によれば、2011年10月27日未明発表のEU首脳会議の債務金融危機の包括戦略の「具体策」は以下の通りです。
(1)4400億ユーロ(約46兆円)の融資能力を持つ欧州金融安定化基金(EFSF)の安全網としての機能を1兆ユーロ
   (約105兆円)規模に強化する。
(2)ギリシャの債務削減をめぐる銀行側との交渉では、銀行が5割減への協力を受け入れ。
(3)1060億ユーロ(約11兆1300億円)の銀行の資本増強策。

2.
問題は、この戦略の具体的な姿が非常にあいまいなことです。特に問題なのは第1項目のESFSの増額です。この増額がどのような形で行われるのか、提案からは全く分かりません。具体的には105兆円と46兆円の差額の約60兆円を;
 ①誰が負担するのか、
 ②どのような形で負担するのか、
という正に基本的な部分が全く分からないために、本当に増額は可能なのか、極めて不透明です。特に、その後のG20の際などに、欧州の首脳が欧州外の先進国やBRICsに資金協力の呼びかけをしているところを見ますと、欧州諸国は追加拠出をする気がなく、もっぱら欧州以外の国に資金協力を期待していると見られても仕方がない状況で、これでは、「人の褌で相撲をとろうとしている」と見られても仕方ありません。

3.
包括戦略発表後のIMF理事会でも、欧州諸国の説明に対し上記の点について数々の質問が浴びせられましたが、欧州代表は全く説明することができず、会議の進行役のIMFの事務方もお手上げの状況でした。これではG20の後にIMFのラギャルデ専務理事がBRICsの国を回って資金協力の依頼をしても、各国は国内で検討のしようもありません。
(1)まず第1に、欧州諸国は追加拠出をする意思があるのかどうか、その場合の欧州諸国内部の負担割合はどうなっているのか、また、欧州諸国と欧州以外の国の負担割合はどうなっているのか、
(2)資金協力の形式はどうなるのか、欧州金融監督制度(ESFS)の基金に対する拠出なのか、ESFSに対する貸付なのか、あるいはESFSが発行する債券を購入するのか、
(3)貸付や債券購入の場合には返済の担保はどうするのか、欧州各国が返済についての政府保証でもするのか、万一返済されない場合に債権者の利益はどうやって守られるのか、
(4)ESFSの資金は今後どのように使われるのか、具体的にはあくまでもつなぎ資金として使われるのか、それとも場合によっては債務返済の困難な国の債務の減額の穴埋めにも使われるのか、
(5)ESFSの資金の使い方について、拠出者や債権者はどのような発言権を行使できるのか、
(6)そもそも今回のような資金協力を仰ぐに際し、欧州はIMFなどの国際機関のガバナンスにおいてどのような譲歩を行う用意があるのか。

4.
ところで、リーマンショック後の欧州諸国に対する支援をEUとIMFの負担別でみると以下のようになります。
  アイスランド⇒EU非加盟国なのでIMFオンリー(2.1ビリオンUSD)
  ラトビア:⇒3:1(5.1ビリオンユーロ:1.7ビリオンユーロ)
  ギリシャ⇒8:3(80ビリオンユーロ:30ビリオンユーロ)
  アイルランド⇒2:1(45ビリオンユーロ:22.5ビリオンユーロ)
  ポルトガル⇒2:1(52ビリオンユーロ:26ビリオンユーロ)
視点を広げて、これまでにIMFが支援を行った韓国、タイ、インドネシアといったアジア危機のケース、98年のロシアの経済危機、同年のブラジルの経済危機のケースを見ますと、ほとんどのケースで、資金援助は全てIMFと域内の国が行っており、その際にはIMFが厳しいコンディショナリティーをつけて、返済を担保しています。EUが個別の国の集合以上の共同体であるという事実を考えれば、今回の問題は本来EUが単独で解決するべきものでありますし、また上記のような経緯からみても、欧州地域外に救済資金を仰ごうとする今回の欧州の動きはこれまでの前例を変更するものであると考えられます。

5.
更に、BRICsや欧州以外の国が問題にしているのは、IMFからの資金援助をイタリアが拒絶したことに見られるように、欧州の主要国には、IMFからお金を借りる代わりに厳しいコンディショナリティーをつけられるのはプライドが許さないといった風潮が見られることです。IMFは一般資金(GRA)のほかに、私が2010年に最終の会議の議長を務めて600億ドルに増額した新規貸付取極(NAB)による資金がありますが、これらの資金の貸付にはコンディショナリティーが伴います。そこで、これを避けるために、IMFの中に新しく信託勘定を作って各国にお金を出してもらい、そこからコンディショナリティーなしに欧州の国債を買い支えることができないかという検討まで行われている状況です。これは、IMFの資金援助の検討の際に大統領選挙が行われていたため、候補者がIMFの「面接」を受けて当選後にコンディショナリティーを守ることを確約させられた韓国をはじめ、これまで厳しいコンディショナリティーを守ってきたアジア、中南米、ロシアには、不平等な扱いとして到底受入れ難いものですし、また、財政再建等についての確固とした政府の約束なしにイタリアやスペインの国債を買うというのは、本当に返済されるかという点について大きなリスクがあります。民間会社に例えて言えば、ある会社が多額の債務超過に陥っているときに、会社の更生計画なしに当該会社の社債を買う、あるいは追い貸しをすることになります。

6.
したがって、BRICsは仮に何らかの支援をするにしてもそれはESFSではなく、IMFに対して行うのがいいと考えているようです。日本も何らかの貢献をするとなれば、欧州に限らず広く加盟国一般を助けるための財源となり、かつ、適切なコンディショナリティーをつけられるIMFの一般財源にお金を出すのがいいのではないかと考えられます。この場合、債務者は世界の中央銀行たるIMFですので、世界経済全体が完全に崩壊するという異例の事態がない限りいわゆる「とりっぱぐれ」はありません。

7.
以上のような状況から、ESFSは欧州諸国が自前で増額を行わない限り、1兆ユーロへの増額は行われないと思われます。果たしてこれが可能かどうかは、今後の欧州部内の交渉を見守るしかありません。もし増額について欧州諸国が負担できないということになれば、折角上記のようなバイの取り決めを通じてIMFの資金が増強されたとしても、EUとIMFとの分担の関係から、危機への対応に大きな制約がかかる可能性があります。このような状況から、現時点においては、世界経済の動向は、欧州諸国の国民が、自らの生活を切りつめても他の欧州諸国を援助する覚悟ができているかにかかっています。欧州諸国によるESFSの増額が難しい場合には、イタリアの経済危機をきっかけとして、世界はリーマンショックを上回る第2の経済危機に入っていくことは間違いないと思われます。


(次回からは、今回の経済危機について、個別にその原因や対応策についての私見を説明していきたいと思います。)