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公的年金の行き着く先
メディア掲載 財政・社会保障制度 2011.11.16
公的年金の行き着く先
『あらたにす』新聞案内人 2011年11月10日号に掲載
松山 幸弘
研究主幹
厚労省が10月11日の社会保障審議会年金部会に年金の支給開始年齢を68~70歳に引き上げる案を提出したことから、久しぶりに年金報道が活発化した。しかし、早くも10月26日には小宮山厚労相が同案を2012年の通常国会に提出することを取り下げた。
支給開始年齢引き上げのための議論を先送りしてもそれに反対している現役世代の年金不信は沈静化できない。むしろ説明責任を果たさず逃げる政治家の信念の無さに憤りを増すだけである。
所得代替率50%は元々不可能
私は、2002年に社会保障と税の一体改革に関する本を出版した際、当時の年金財政の基礎データから判断して「将来における所得代替率(現役勤労者の所得水準に対する年金給付額の割合)で可能なのは約42%」という試算結果を得た。
これを親しい年金局幹部に示したところ「それに近い試算結果で議論している」と回答した。しかし、その後坂口厚労相(当時)が国会で50%以上を宣言、2004年改革では60%弱だった所得代替率を小刻みに引き下げるものの50%以上を維持することが法定された。
年金局にしてみれば、自分たちに法律の決定権限がない以上、年金数理の基礎知識を欠いた政治家たちの腰だめの目標値に一致する年金財政見通しを作成するしかない。これが、政府発表「財源と給付の内訳」において積立金運用利回り4.1%、賃金上昇率2.5%など非現実的な前提が使われている理由である。
厚労省の本音は45%か
問題は、その後のデフレ経済の中、賃金のマイナスが続き保険料率を引き上げても保険料収入が増えない、また、積立金運用の不振という事実があるにもかかわらず、年金給付額を据え置いているため、所得代替率が逆に上昇したことである。10月31日付け日経記事「年金もらい過ぎ15兆円」によれば、2010年度の所得代替率は62.3%である。これは、年金財政が2004年改革前より悪化していることを意味する。
それでは現時点で厚労省は所得代替率を一体何%くらいまで引き下げたいと考えているのであろうか?これは、厚労省が支給開始年齢を68~70歳に引き上げることを提案したことから逆算できる。
日本人の平均寿命は男女平均で83歳である。一方、仮に厚労省が支給開始年齢を65歳から70歳に引き上げねば年金財政の健全性を維持できないと考えているとすれば、「平均年金支給期間を18年から13年に短縮して年金支給額を約28%削減する必要がある」ことを意味する。そこで2010年度の62.3%に0.72(1マイナス0.28)を掛けると45%と出る。
世代間扶助のコンセンサスが壊れる
2004年改正では"所得代替率50%以上"の公約に加えて厚生年金保険料率の上限を18.3%に決めた。保険料収入に上限を設けたのであるから、財源不足になれば一人あたり年金受け取り総額を自動カットすることになる。政府は自動カットする方法として支給開始年齢引き上げを提案したのである。
確かにこうすれば公的年金制度の名称は残る。しかし、新聞各紙が指摘しているとおり、これは年金財政不足の穴埋めを全て現在50歳以下の世代に負担させるに等しい。
高齢者の方が票になるという政治家側の事情があるにしても、この措置は既に臨界点にあった社会保障制度における世代間扶助のコンセンサスを壊す。なぜなら、医療、年金といったわが国の社会保障の財政が危機に陥っている主因の一つが過剰な高齢者優遇にあり、支給開始年齢引き上げはそれを更に悪化させるからである。
年金支給額引き下げが絶対条件
民主党政権がなすべきことは、現実的な前提条件で年金財政見通しを作成した上で、現在の年金支給額引き下げとのセットで支給開始年齢引き上げを国民に問うことである。
これは、当然のことながら高齢者と現役勤労者の双方から猛烈な反対に合う。しかしながら、年金改革に関しては国民にももはや選択肢は残されていない。野田総理自らが年金財政の本当の姿を国民に説き説明責任を果たせば、多くの国民は耳を傾けると思われる。
その国民の理解を年金改革の合意形成にまで結び付けるためには、年金崩壊を放置してきた政・官が自らも身を削る必要がある。具体的には、①国会議員定数削減の公約早期実施②2006年国会議員互助年金法廃止法で決めた既得権者(現職とOB議員)に対する支給額カット率(4%~20%)を当時の民主党案(30%~50%)まで拡大③民間の厚生年金より保険料率が低く年金額が大きい国・地方公務員共済年金と厚生年金の即時合併――などである。
年金改革における民主党政権の唯一の強みは、年金崩壊の原因の大半が自公政権時代に作られたものだという事実である。しかし、反発が予想どおり大きかったからといって支給開始年齢引き上げの議論を先送りすれば、次の総選挙の頃にはこの自公政権への責任転嫁話法が使えなくなることを肝に銘ずべきである。
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