メディア掲載  財政・社会保障制度  2011.06.17

国民が選択できる公的医療保険を

『あらたにす』新聞案内人 2011年6月16日号に掲載

また空手形?
 6月に入り政府の集中検討会議が社会保障改革原案を公表したが、新聞各紙の論評は手厳しい。社会保障制度全体として低所得者対策のための給付拡充を行い消費税率引き上げが必要であることは理解できるものの、給付効率化と必要財源の推計根拠が曖昧だからである。
 もちろんピタリと当たる将来推計など存在しない。しかし、"100年安心年金プラン"に幻滅した国民は"また空手形ではないか"と疑っているようだ。これを払拭するには、少なくとも政府の外にいる研究者たちが改革案全体の整合性を検算できるような形で前提条件の詳細を開示すべきである。ちなみに、米国では議会予算局が政治的中立を維持できる仕組みの下で議員法案に関わる推計を行い、その計算根拠も明らかにしている。

 今回の改革案の中で給付効率化の効果が最も見えにくいのは医療である。例えば、医療機関間や医療と介護の連携の強化等により平均在院日数を短縮することで4,300億円の節約を見込んでいる。しかし、連携強化のためには医療IT投資が不可欠。海外事例を参考にすれば、日本各地に医療情報ネットワークを構築するには兆円単位のコストがかかる。つまり、連携強化には莫大な初期投資が必要であり、医療費は逆に増えるのである。そもそも医療IT投資の主目的は医療の質向上にあり医療費節約はその二次的効果にすぎない。
 また、本来ライバル関係にある医療機関が連携するには、医療IT以前に治療の経過や病歴といった様々な情報を共有するカルチャーがなければならない。わが国の場合、税金で支えられている国・公立病院間ですら情報共有が行われていない。

一人ひとりがコストと負担を選べれば
 人は誰でも自分や家族が重い病気になればその時点の医療技術で最高の治療を受けたいと思う。一方、この医療技術の進歩が加速し医療費増加の最大要因になっている。そのため、いずれの国でも医療費増加率が名目GDP成長率を上回り財政を圧迫している。
 加えて、医療技術の進歩が患者に対して治療方法の選択肢を提供するようになった。同じ病気でも患者の判断によりコストが異なる時代が到来したのである。このことが、医療を巡るコスト負担と給付(医療消費)のバランスの公平性の議論を複雑にした。諸外国は、医療制度設計上のこのジレンマを解決する方法の一つとして、国民一人ひとりにコスト負担と給付のバランスを選択させる工夫を実施している。
 例えば米国の場合、年金同様、医療保険においても確定拠出型が普及している。カフェテリアプランと呼ばれるこの制度の下では、雇用主は従業員に医療保険料の原資となる一定額を支給することで医療保険料上昇の影響を直接受けるリスクから解放される。一方、従業員は雇用主からの原資と自己資金で自分のニーズに最適な医療保険を購入する選択権を得る。雇用主からの原資が余れば現金で受け取ることも可能。従業員が夫婦共稼ぎであれば、雇用主が異なっていても夫と妻が互いに購入する医療保険の給付内容が重複しないように選ぶこともできる。
 またオーストラリアでは、公的医療保険制度の枠組みの下で民間医療保険を活用し国民に選択権を与えている。具体的には、所得が一定額以上の国民に対して、医療保険税の一部を免除し、保険料は高いが給付がより充実した民間医療保険に加入する選択権を与えている。その結果、現在では半分近い国民が民間医療保険加入を選択している。

納得感が増す
 これに対してわが国では、今回の改革案をみても分かるように、政府が決めたコスト負担と給付のバランスを全国民一律に適用する発想から脱却できていない。このような一律適用の仕組みが有効なのは財源が豊かな時である。現在のように財源不足を凌ぐために民間勤労者の健康保険組合から一方的に財源を国保や高齢者医療にシフトすることを繰り返していては、健康保険組合解散を加速し企業の海外流出を招きかねない。

 そこで、わが国においても国民に選択権を与えることを提案したい。具体的には、最低限全国民が必要とする医療に関わる部分、つまりナショナルミニマム部分は全国民共通の基礎給付とした上で、それを超える部分のコスト負担と給付のバランスを国民一人ひとりに選ばせるのである。つまり、基礎給付とオプション給付の二階建ての公的医療保険である。こうすることで、医療にもっとお金を使う意思のある人々の支出を促し、医療制度の枠組みの中で弱者救済財源を獲得できるようになる。
 実は、この二階建て公的医療保険の提案は、日本医師会の広報誌である日医ニュースで2005年5月に発表したものである。当時私は医療政策を考える有志が運営するインターネット・チャットに参加していた。そのチャット上で提案したところ論客として知られた医師の先生方から支持を頂き、日医ニュースで論文掲載する推挙を得たのである。
 もちろん、オプション給付を導入することは、表面上公的医療保険の下で格差がつくことになる。しかし、介護保険でも利用者が"コスト負担と給付のバランスの格差"を選ぶ仕組みが採用され国民に受け入れられている。自分で選ぶことで納得感が増すからだ。二階建て公的医療保険が国民から支持を得られる可能性は十分あると思われる。