メディア掲載  財政・社会保障制度  2011.05.26

社会福祉法人が復興貢献を

『あらたにす』新聞案内人 2011年5月25日号に掲載

病院より儲かる?
 数カ月前、ある社会福祉法人経営者が「社会福祉法人は病院より儲かる」と発言したのを聞いた。それまで社会福祉法人は経営が苦しいと思い込んでいたので、自分の常識の正否を確かめるため調査を開始した。最初にぶつかった壁は、日本全体の社会福祉法人の収支状況、補助金受取額などがわかる資料が存在しないことである。
 厚生労働省に確認したところ、福祉行政は高齢者施設、保育所、母子寮、障害者施設など施設種類別に行っており、法人単位のデータを全国レベルで集計したものは見たことがない、とのことであった。しかし、幸運なことに東京都がホームページで都内約1千の社会福祉法人の2009年度財務諸表を公開していた。

施設経営法人は約16,300
 社会福祉法人は、2010年3月末時点で約18,700存在する。このうち補助金が重点配分されている施設経営社会福祉法人は約16,300である。施設経営社会福祉法人は、病院を含む様々な種類の福祉施設を営む複合体、病院なし複合体、高齢者施設や保育所など単一種類に特化した事業体に分類できる。このうち病院あり複合体は、年間収入5,100億円の恩賜財団済生会、850億円の聖隷福祉事業団など規模が大きく目指す推計結果に大きな影響を与えるものであるため、それらを所轄する全国の自治体に情報公開制度に基づく資料請求を行った。病院なし複合体と単一種類事業体については、東京都の公開1千法人の財務諸表を全て閲覧して分析、そのうちデータに問題のなかった施設経営724法人の平均値を算出、それを基に東京都以外の施設経営社会福祉法人を推計した。
 その作業の途中、4月15日付日経新聞で、東京都が経営不振にある社会福祉法人の合併、事業譲渡を促す方針との報道があった。具体的には、11の財務指標を使って判定、基準に達しない経営状態の悪い法人を指導するというものである。たしかに724法人のうち13%が赤字であり、その中には蓄えが乏しく存続が危ぶまれるところがある。しかし、これらの赤字法人を含めても724法人の収支差額黒字率の平均は、病院なし複合体6.0%、保育所7.1%、障害者施設7.4%、高齢者施設6.2%、母子・児童養護施設5.8%、生活困窮者施設5.8%と施設種類に関係なく良好である。

トヨタを超える純資産
 この東京都のデータと全国から集めた病院あり複合体の財務諸表に基づき行った施設経営社会福祉法人全体の推計結果は、収入7.5兆円、支出7.1兆円、収支差額黒字4,400億円(同率5.9%)、総資産16.1兆円、純資産12.8兆円(同率79.3%)、純資産に占める補助金残高5兆円となった。これは、2011年3月期決算が営業利益4,683億円(同率2.5%)、純資産10.9兆円(同率34.7%)であったトヨタ自動車をも超える驚愕の数値である。
 注目すべきは、施設経営社会福祉法人の社会貢献規模を表す支出7.1兆円が純資産12.8兆円の55%にすぎない点である。これは、多くの法人が自らの資産力に比べて過小な事業規模にとどめ純資産増加を最優先していることを示唆している。実際、中には純資産347億円に対し、収入144億円、支出118億円、収支差額黒字25億円(同率17.2%)という事業体も存在する。

積極的社会還元を
 社会福祉法人が社会貢献するにはまず財源確保が必要である。その意味で収支差額を黒字にする経営力が求められる。しかし、社会福祉法人が施設整備費用の4分の3の公費補助を受け収支差額黒字に対する非課税優遇も受けているのは、政府にかわり社会福祉事業に積極的に取り組み経営資源を社会還元することを期待されているからである。
 1923年の関東大震災の時には民間篤志家や慈善事業家が運営する民間社会事業団体が政府救済の穴を埋める役割を果たした。今回の東日本大震災でも、公費を使った国や自治体による救済では十分にカバーされない被災者の福祉ニーズがたくさん取り残される懸念がある。そこで、社会福祉法人全体で共同拠出し東日本復興のための社会福祉事業を興すことを提案したい。
 このような社会福祉法人による共同事業の先例として、大阪府社会福祉協議会が2004年から実施している社会貢献事業と呼ばれる仕組みがある。これは、様々な理由の生活困窮者の相談に乗り経済的支援(1件あたり10万円限度)も行うため、大阪府内の社会福祉法人が協力しあうプログラムである。同事業創設の是非をめぐり、「法人の努力で残したお金をなぜ使わなければならないのか」という反対もあった。しかし、「社会福祉法人のための補助や非課税ではない。目に見えることをやらなければ将来優遇措置は守れない」との意見が勝った。東日本大震災が起きた今こそ社会福祉法人制度の存在意義を示す時なのである。