メディア掲載 財政・社会保障制度 2011.04.26
政府が2011年度第1次補正予算案策定にあたり、基礎年金給付の一部に充てるはずだった埋蔵金2.5兆円を転用する一方、かわりの基礎年金財源として年金積立金を先食いする、との報道があった。財源不足解決の手段の一つとして民間勤労者の厚生年金積立金がターゲットになっているらしい。
対象積立金は約200兆円
わが国の公的年金制度は、国民年金(全国民共通の老齢基礎年金)、国民年金基金、国家公務員共済年金、地方公務員共済年金、私学共済年金、厚生年金の6つに大別できる。このうち国民年金は、現役世代が支払った保険料をその時の高齢者の年金に充当する賦課方式であるため積立金がない。自営業者等のための任意加入上乗せ年金である国民年金基金は、積立金額が2兆6千億円と小さいため今回の借用の対象にはなりえない。
そこで残る4制度が候補となるが、各々の積立金額(第45回社会保障審議会年金数理部会資料記載の2011年3月末見込み値)は、国家公務員・地方公務員共済年金46.6兆円、私学共済年金3.4兆円、厚生年金141兆円、合計191兆円である。
公務員共済は安泰か
この4制度のうち私学共済年金は日本私立学校振興・共済事業団という民間組織で管理されており、政府が一般財源不足を補うために積立金を拝借することが無理であることは理解しやすい。しかし、実は国家公務員共済年金を管理する国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済年金を管理する地方公務員共済組合連合会のいずれも法律上は民間法人なのである。つまり、政府は公務員の年金積立金には私学共済年金と同様に手を出すことができない。これに対して、厚生年金の管理責任者は政府自身である。したがって、政府は明言していないものの、「年金積立金から借用」と言う時、厚生年金積立金のみをターゲットにしていると推察される。
民間勤労者の損失 1千億円超に
厚生年金積立金の管理担当が政府であっても、その運用資産は国のものでも全国民のものでもない。厚生年金保険料を納めている加入者だけのものである。したがって、政府は次の2点について説明責任を果たさねばならない。第1に、借用した積立金の使途は基礎年金とのことだが、基礎年金は私学共済年金受給者や公務員だった共済年金受給者ももらう。なぜ民間勤労者の負担で他の年金制度の加入者の基礎年金を支払わなければならないのか。第2に、政府は「将来の増税によりいずれ返済するので民間勤労者に迷惑をかけない」と言い訳するつもりだろうが、運用収益が失われることを忘れている。借用額2.5兆円、国債利回り1.5%とすれば、民間勤労者が失う運用収益は年間375億円である。増税までの期間が3年であれば損失は1千億円を超える。
徹底した歳出見直しが先決
ここで私が本年2月8日の当コラムで「年金保険料率は2017年に18.3%まで引き上げられ、その後財源不足に陥れば年金給付額を引き下げ調整することになっている」と書いたことを思い出してほしい。1千億円の運用収益喪失は将来における厚生年金給付額引き下げという実害に直結するのである。そもそも厚生年金保険法には政府が一般財源のために積立金を無利子で借用することを認める条文はない。もし政府が厚生年金積立金からの借用を強行するのであれば、民間勤労者からの訴訟を覚悟する必要がある。また、この愚作は野党からの格好の攻撃材料にもなる。民主党政権が最優先でなすべきことは、2009年の政権交代時に掲げた国家公務員総人件費2割削減を先送りすることなく前倒しで行うなど、徹底した歳出見直しに尽きるのである。