コラム  国際交流  2010.04.15

中国の貿易黒字減少の要因と今後の展望

 中国の貿易黒字は昨年1,961億ドル(統計データはCEICベース、以下同様)と前年 (2,955億ドル)に比べて約1,000億ドルの大幅減少となった。本年入り後もこの傾向が続き、1〜2月累計の貿易黒字は218億ドルと前年同期 (439億ドル)に比べて半減している。年初の2カ月だけのデータを見てこれが今年の貿易収支全体の傾向であると言うことはできないが、今年も貿易黒字の 減少傾向が続くことは多くのエコノミストの一致した見方である。中国政府内部のマクロ経済政策関係者は、ここ数年の外貨準備の急増や欧米諸国からの人民元 切上げ圧力の高まりを考慮すれば、足許の貿易黒字の減少は歓迎すべき変化と受け止めている。現在の貿易黒字の大きさや2.4兆ドル(昨年末)という外貨準 備の積み上がり(日本は2009暦年の貿易黒字が406億ドル<1ドル=93.52円(税関長公示レート)で換算>、昨年末の外貨準備は1.0兆ドル)を 考慮すれば、その見方は理解できる。ただ、黒字減少の要因を考えて、2、3年後の状況を展望するとそこに1つのリスクがあることに気づく。

 昨年の貿易黒字の大幅な減少をもたらした最大の要因は、金融危機を背景とした世界経済 の停滞による外需の減少である。中国の輸出(ドルベース)は2002年第3四半期から2008年第3四半期まで6年以上にわたって20%以上の伸びを続け てきたが、リーマンショック直後の2008年第4四半期以降急落し、昨年は通年で−16%の大幅な減少となった。この間、輸入(同)も輸出同様伸び率が急 速に低下し、昨年前半までは−20%を超える大幅なマイナスを示した。しかし、昨年後半以降は輸出より早いタイミングで伸び率を回復し、昨年第4四半期に は輸出が前年比+0.2%という低い伸びにとどまる一方、輸入は+22.3%と高い伸びを示した。これが昨年の大幅な貿易黒字の減少をもたらした。

 これまで中国では輸入の伸びは輸出の伸びに概ね比例する形で推移していたため、今回の ような大幅な貿易黒字の減少は生じたことがなかった。しかし、最近その傾向が変化している。中国政府は2005年以降、人民元切上げ、最低賃金引上げ、輸 出優遇税制の縮小等により輸出投資主導型から内需主導型へと経済成長モデルの転換を図っていた。2008年秋の金融危機発生後の輸出急減の中で、成長率確 保のために実施した財政金融両面からの経済刺激策により内需が拡大し、その転換が一気に加速された。それが昨年後半以降貿易面に顕著に表れ、輸出の伸び悩 みが続く中で、内需の力強い拡大を映じて輸入が回復し始めた。昨年12月以降、輸出も2ケタの伸びを回復したが、輸入の伸びは総じてそれを大きく上回って いる。

 以上の変化を踏まえて今後を展望すると、中国経済に関する中長期的なリスクが浮かび上 がる。仮に欧米諸国の経済停滞が予想外に長期化した場合、中国の輸出の伸びは以前に比べて低下する可能性が高い。その一方で、中国は国内経済の安定のた め、高度成長を維持することを目指して内需拡大策を続ける。それは輸入の増大をもたらすため、貿易黒字の減少傾向が続く。これが緩やかな減少にとどまり、 一定水準の貿易黒字が維持されれば中国にとってはむしろ好ましい変化である。しかし、貿易黒字が維持できなくなり、貿易赤字に転じる場合、さらに言えば、 貿易赤字が数年にわたって続く場合には、内需拡大の抑制を余儀なくされるなど中国のマクロ経済政策の自由度が制約される可能性が出てくる。これは1つのリ スクとして考慮しておくべきである。

 こうしたリスクを未然に防ぐには、中長期的に中国企業が国際競争力を高め、輸出の伸び を確保し、輸入の伸びを一定の範囲に抑制することが必要である。人民元切下げの操作によって同様の効果を狙えば、輸入インフレを招く恐れがある。為替レー トの操作に頼らずに貿易収支のバランスを保つには、中国企業の国際競争力の向上が必要である。

 それにはどうすればいいか。中国はこれまでも改革開放政策に基づいて輸出競争力の強化 を図ってきており、それが大きな成功を見ている。中国は今後も引続き積極的な外資導入により、高い技術力をもつ外資系企業と国内企業の協力を原動力とする 経済発展を目指すことが望ましい。優良な外資系企業の安定的な中国進出を促進し続けるには、中国の良好な投資環境の維持が必要である。それには内需拡大策 による中国国内市場の拡大が最重要な要素であるが、同時に知的財産権の保護、資金決済の円滑化、ルールに基づく商取引の信頼性向上といった市場インフラの 整備を図ることも重要である。そうした努力の積重ねにより外資が安定的に中国に進出し、中国の国際競争力が維持されれば、貿易黒字の中長期的な安定確保も 可能となる。中国が将来における貿易赤字への転落リスクを回避するにはこのような中長期的な観点に立った政策が必要であると考えられる。