コラム 国際交流 2010.01.15
昨秋以降中国経済の主力エンジンは輸出から内需へとシフトした。内需の中でもとくに交通・物流インフラの建設が中国経済を牽引する主役の機能を担っている。それらのインフラ建設は具体的にどのような形で経済効果を誘発しているのだろうか。
第1に、直接的な効果は明確である。道路・鉄道・港湾設備等のインフラ建設工事に伴う雇用創出、工事に用いる鉄鋼、セメント、建設機械等の需要の拡大など、現在の日本の公共事業でも見られる効果である。内陸部における固定資産投資はとくにこのインフラ建設の部分が大きく、固定資産投資全体の70~80%のウェイトを占めている。
第2に、2次的な効果としてよく知られているのは都市部におけるマンション・アパート等の住宅建設を中心とする不動産開発投資の誘発効果である。高速・一般道路、地下鉄を含む鉄道等交通・物流インフラ建設が都市圏を拡大し、都市機能の利便性を向上させ、都市化を一段と加速している。それが不動産関連投資を誘発する効果は非常に大きい。上記の直接的効果の担い手が中央・地方政府であるのに対し、不動産関連投資の担い手の中心は民間企業である。今後長期的な発展が確実視されている天津市ではこの民間企業による不動産関連投資のウェイトが高く、固定資産投資の半分以上が民間企業によって占められている。日本でも高度成長期の成長力の源泉の1つは都市化に伴う住宅関連需要(住宅建設、家具、家電、自動車など)の拡大であったが、中国は今まさにその都市化が進行する真只中にある。
第3に、長期的かつ広範な波及効果として、産業を振興し所得の増大を促進する効果がある。珠江デルタ、長江デルタ等沿海部主要都市周辺地域では以前から輸出産業の振興を目的とするインフラ整備が行われ、それが中国の輸出競争力強化につながった。最近は、内陸の農村部や都市部においても顕著な産業振興効果が見られるようになっている。以下ではその具体例を紹介する。
まず内陸農村部の具体例は西安郊外の渭南市の農村である。これは当研究所HP掲載の9月1日付出張報告の中(p.6)で「農民にとってのインフラ整備の経済効果」として紹介した。高速道路開通による物流の大幅改善がその農村から輸出港(江蘇省北部の連雲港)までの輸送時間を3日から1日へと短縮した。その結果、スペイン資本が同農村のアスパラガス加工工場を買収し、同地からの輸出が始まった。アスパラガス工場の生産ピーク期は1年のうち3ヶ月間で、その間の雇用者数は1000名。月給は800元~1000元で、3ヶ月間の累計額は中国の平均的な農民の年間農業収入(3000元程度)に匹敵する。さらに同地で生産するアスパラガスの販売価格も大幅に上昇し、農民にとって二重の所得押上げ効果をもたらした。こうした形での農民の収入増を背景に、農民の消費意欲が増大していることから、農村部におけるショッピングセンターの建設が全国的に進められている。
次に都市部の具体例として、重慶市江津区を紹介する(近々HP上に掲載予定の出張報告の中で詳しく紹介)。同区は2006年に重慶市都市部の区として組み込まれたが、それ以前は県レベルの市であった地域である。工業化が進む以前は同区の産業は農業が主体であり、広東省を中心に同区の人口の2~3割に相当する人数が常時出稼ぎに出ている状態だった。現在のように交通・物流の利便性が高まったのは2009年初であるが、高速道路等のインフラ整備計画が明らかとなった2007年以降、同区内の投資が急増し工業化が進んだ。現在同区は重慶市の市街地から車で30分程度の距離にあり、区内に3つの工業区をもつ。同区のように立地条件がいい地域では、各地方がこぞって目標に掲げる環境・省エネ・ハイテク関連産業の誘致が可能となる。すでにスイスの大手機械メーカー、中国系大手エンジンメーカーのほか、中国系オートバイ、自動車、電子工業などの工場が進出。現在も積極的な企業誘致を推進中である。同区の出稼ぎ労働者数は今も人口全体の2割程度を占めているが、工業化の進展につれて周辺地域から流入してくる人口が年々増加しつつあり、数年以内に流入人口が出稼ぎ労働者数を上回ると予想されている。
以上、内陸部の農村および都市におけるインフラ建設の経済効果を紹介したが、こうした変化が本格化したのは2~3年前からのことである。現時点では内陸部の産業振興が中国経済全体を押し上げる効果は限られているが、今後徐々にその効果を拡大し、長期にわたり中国経済を牽引する重要なエンジンの1つとして機能し続けることが予想される。
以上のように交通・物流インフラ建設は短期、中長期両面において、直接的効果、不動産関連投資の誘発、地域産業の振興といった多面的な波及効果をもたらしながら内需主導型に転換しつつある中国経済の成長をリードしている。