コラム  財政・社会保障制度  2009.08.03

日本版EHR実現の条件

  政府のIT戦略本部が7月6日に「i-Japan 戦略2015」を発表した。同戦略では(1)電子政府・電子自治体、(2)医療・健康、(3)教育・人財の3つが重点分野になっている。このうち医療・健 康については、2015年までに日本版 Electronic Health Record (略称EHR)を実現することが掲げられている。この日本版EHRが目指しているのは、医療過誤の減少、個人の生涯電子カルテ、処方箋・調剤情報の電子 化、匿名化された健康情報の疫学的活用などである。しかしながら、わが国の場合、EHRの前提となる Electronic Medical Record(略称EMR)の普及が遅れており、日本版EHRを掲げる前にEMR普及を妨げている問題の解決に取り組む必要がある。

  EMRとは、個々の医療機関が自らの業務効率化や医療の質向上を目的に電子カ ルテをはじめとする医療ITを使って医療情報を集積することである。これに対してEHRとは、個々の医療機関が集積した医療情報から患者名を除き共同利用 を行う仕組みのことである。したがって、EMRというインフラが十分に整っていなければEHRの実現は困難である。

  日本政府は2001年に医療情報活用のグランドデザインを発表、2006年までに 400床以上病院と診療所で電子カルテ普及率を60%にすると宣言した。しかし、その結果は400床以上病院32.3%、診療所8.5%と目標に遠く及ば なかった。つまり、わが国はまだEHR構築に進むだけのEMRのインフラが整っていないのである。

図表1 日本の医療情報投資の推移

  図表1は、わが国におけるEMR整備につながるはずの医療情報投資額の推移である。徐々に増えて いるとはいえ、医療情報投資額は2007年度時点で3,667億円と国民医療費の1.1%に過ぎない。EHR構築が進みつつある米国の場合、医療情報投資 額が収入に占める割合は標準的医療機関で2.5%~3%、積極的な医療機関では5%を超える。したがって、日本版EHR実現のためには医療情報投資額を少 なくとも倍増する政策が必要である。

  医療情報投資額を倍増させるためには、単に診療報酬にその財源を組み入れるだけでは不 十分である。なぜなら、医療情報投資の主たるコスト負担者は急性期病院であるが、患者情報共有により収入増を享受できるのは患者情報共有先である他の医療 機関であり、個々の医療機関がバラバラに経営される状況の下では、急性期病院側に医療情報投資を継続するインセンティブが働かないからである。したがっ て、わが国で医療情報投資を活発化するためには、急性期病院と他の医療機関が一体となった医療事業体の形成を促す必要がある。