コラム  国際交流  2009.07.01

中国経済の新しいリード役として期待される2つの地域経済

 中国政府が世界経済減速によるマイナス効果を緩和するために実施している4兆元の景気刺激策は、中身に問題があると指摘されながらも、一定の効果を上げています。中国の5月の工業生産増加額(名目値)の前年比の伸び率をみると、4月に+7.3%と前月に比べて1.0%ポイント低下した後、5月は再び+8.9%と伸びを高めました。実質ベースでは、5月は+17.3%と前月に比べて2.4%ポイントも伸びを高めています。 これを地域別にみると、とくに高い伸びを示している地域(省・市・自治区)が、四川省(5月前年 比+32.5%)、天津市(同+22.1%)、内モンゴル自治区(同+20.0%)、そして広西チワン族自治区(同+19.9%)の4地域です。いずれの 地域も固定資産投資が前年比+50%前後の高い伸びを示しており、それが工業生産の伸びを支えています。

 このうち、天津市は環渤海経済圏(天津市、北京市、遼寧省、河北省、山東省を含む)の中心であり、広西壮(チワン)族自治区は広西北部湾経済圏を含んでいます。いずれも今後の中国経済の成長を支える重化学工業の産業集積の中核となる地域です。 この2つの経済圏では中国の国内市場の拡大に伴って増大し続けるインフラ建設需要に応えるための鉄鋼、重電、石油化学等の供給基地として、現在巨大な港湾設備やその関連道路、鉄道、工業用地などの建設が急ピッチで進められています。

 中国は1978年の改革開放以来、産業構造の変化に伴って経済成長をリードする中核的な産業集積地が移り変わってきています。1980年代は深センを 中心とする珠江デルタがリード役でした。この時代に急成長した産業はアパレル、靴、家具、比較的技術水準の低い電子産業などの労働集約型産業で、その主な 担い手は香港・台湾系が中心の加工貿易型の中小企業でした。1990年代になると、技術水準の向上やインフラ整備の進展を背景に、パソコン、携帯電話、デ ジカメ等世界の主要メーカーのエレクトロニクス製品の製造工場が中国に集中するようになりました。工場の多くが建設されたのが上海市を中心として、江蘇 省、浙江省、安徽省を含む長江デルタです。ここでの産業の担い手は日欧米を含む外資系を主体とする大企業ですが、加工貿易型という点では珠江デルタの企業 と共通した特徴を持っています。 珠江デルタと長江デルタに集積した工場の主体は輸出向けであり、これにより中国の輸出が急増し、外貨準備が大幅に増加しました。この2つの産業集積地が輸出・投資主導型の経済成長モデルの主役でした。

 この2つの産業集積地がリード役となった高度経済成長のおかげで中国政府の財政は豊かになり、 中国の企業および個人には大きな富の蓄積ができました。それらを背景に、現在中国の国内市場が力強い発展を見せています。その象徴が国務院により2006 年に指定された環渤海経済圏と2008年に指定された広西北部湾経済圏の存在です。 この2つの地域では4兆元の景気刺激策のおかげでインフラ建設が一段と加速しており、目下、日本人の発想では信じられないほどの巨大な工事が進行中です。 たとえば、天津市に隣接する唐山市曹妃甸(そうひでん)では310㎢の埋立地を造成し、年間取扱量5億トンの港湾設備、年産2,500万トン以上の製鉄所 等を建設中です。また、広西北部湾経済圏では、主要港湾設備合計取扱量10億トンを目指しているほか、坊城港市では100万kwの原発6基の建設計画など があります。ちなみに日本最大の名古屋港の年間総取扱量は2008年に2.2億トンでした。また、曹妃甸の埋立地310㎢という面積は、山手線内側(63 ㎢)の約5倍、東京湾(922㎢)の約3分の1に相当します。これらが中国経済の新たなリード役として現在の経済成長を支えています。 このような巨大プロジェクトが徐々に完成し、経済効果が明らかになってくるのは2012〜15年以降と見られています。その意味で現在の4兆元の景気刺激策は短期的な効果に加えて中長期的な中国経済の成長力向上にもつながっています。