コラム  財政・社会保障制度  2009.06.01

地域医療経営のガバナンスについて

次回衆議院総選挙の与野党争点の1つとして地域医療崩壊への対応がある。地域医療崩壊は、医師不 足、公立病院閉鎖といった形で数年前から顕著に表れ始め益々深刻化している。そこで、総務省が公立病院設置者である各自治体に対して改革プラン提出を求め た。その期限である2009年3月までに該当する自治体656団体のうち603団体が改革プランを提出した。しかし、改革プランの多くは単独施設経営の発 想にとどまっている。また、地域医療ネットワーク構築を掲げている改革プランの場合も世界標準の地域医療提供体制の観点からはネットワーク規模が過小であ り、その効果に限界がある。

(表1)病院数の国際比較
  公立病院
(1)
民間病院
(2)
病院数計
(1)+(2)
人口
(百万人)
百万人あたりの病院数
日本 1,294 7,496 8,790 127.7 70
米国 1,324 4,384 5,708 308.8 18
ドイツ 2,186 1,126 3,312 82.5 40
フランス 974 1,890 2,864 61.9 46
英国 1,101 210 1,311 64.0 20
オーストラリア 755 536 1,291 21.0 61
イタリア 735 533 1,268 58.9 22
カナダ 703 NA 703 33.2 21
スウェーデン 73 8 81 9.2 9
(注)
病院数は日本2008年末、カナダ2007年末、その他は2006年中データ。

人口は2008年データ。NA=Not Available。
(出所)
日本、カナダ、オーストラリアの病院数は各厚生省ホームページ公表データ。

米国の病院数は米国病院協会ホームページ公表データ。

EU諸国の病院数は「MSI Reports Ltd, Hospitals:Europe, March 2007」。

人口は、わが国統計局が作成した「世界の統計」記載の2008年データ。


表1のとおり、わが国の病院数は8,790であり人口が2.4倍である米国 の5,708より多い。このように諸外国に比べて病院数が多いにもかかわらずわが国で地域医療崩壊が起きているのはなぜであろうか?その原因は、医療技術 進歩により患者が病院から病院以外の医療関連施設、在宅ケアにシフトしているにもかかわらず病院に過剰投資を続けていること、同じ地域医療圏にある公立病 院同士が縦割り行政の弊害の下バラバラに経営されていること、医療施設間の機能分化が遅れていることにある。換言すれば、わが国の場合、地域医療経営のガ バナンスの仕組みを欠いているのである。

他の先進諸国においても以前はセーフティネットに参加する医療施設の経営の 独立性が尊重されていたため、医療投資の意思決定がバラバラに行われ、地域住民の医療ニーズとのミスマッチが発生していた。そのため、米国では1990年 代以降、カナダ、オーストラリア、英国などでは2000年以降、地域医療経営のガバナンスを強化する改革が進められている。

"統治"を意味するガバナンスは、コーポレート・ガバナンスという言葉の 下、企業経営実務を専門家に委任しつつ当該専門家の暴走をチェックする仕組みを念頭に議論されることが多い。コーポレート・ガバナンスの場合、その対象に なる事業体は1つである。これに対して、地域医療経営のガバナンスでは各種医療施設を経営統合した医療事業体が1つのケースに加えて法人格が独立した多数 の医療施設を集団として統治するケースの2つがある。例えば、カナダのように医療保険(財源)と医療提供体制が共に"公"中心の国の場合、公立医療施設、 民間非営利医療施設に独立性を与えた上で、地域医療圏全体で利害調整するための権限を有する公的機関を設置している。

諸外国で実践されている地域医療経営のガバナンスの方法は様々であるが、そ の共通点は、地域医療ネットワークの規模がわが国の公立病院改革で提案されているものより大きいこと、ガバナンスは公的機関または地域住民委員会が握った 上で経営実務を医療経営専門家に委任し民間的経営を追求できる仕組みになっていることにある。平成21年度補正予算に地域医療再生交付金3,100億円が 盛り込まれたことを契機に、わが国においても地域医療圏単位での公立病院のグループ化、経営統合が進み、地域医療経営のガバナンスが構築されることを期待 してやまない。