コラム  2024.06.06

世界経済の潮流と金融市場:2024年後半へ

堀井 昭成

 「日米経済は完全雇用のもと、それぞれの物価安定に向かっている」半年前に本コラムをこう始めて、「日本経済を取巻く環境はまずまずだ」で終えた。(注)そして本年3月まではこのシナリオに沿って、日米市場ともに長期金利がじり高となるなかでドル高、株高が進んだ。しかし4月には、ドルが一段高となるなかで債券・株式ともに調整局面を迎えた。この時期、米国のインフレ低下速度の減速から、それまで先取りされていた米金融緩和策に関する市場予想が見直された。市場はturning point よりも inflection point により敏感に反応しがちなことは繰り返し述べてきたが、今回も金融政策緩和の方向が変わらずとも、その速度の見直しに伴い相場が調整された。

 では、世界経済の基礎的条件に変調はないのか。まず供給面では、コロナ禍に伴う制約は予想通り解消されてきた一方、国際紛争・対立を背景とする障害は、ウクライナ男性労働者の帰国に伴う欧州でのトラック輸送障害と在庫の積上がりや、紅海でのテロに伴う輸送あい路の発生などのエピソードを伴いつつ、全体として後退する様子がみられない。

 他方、AIが経済・社会に予想以上に広く利用され始めたことは、生産性の向上を期待させる。AIの利用はしばしば旧来の仕事の仕方や制度に変化を強いるので、どの程度生産性向上につながるかは、慣習・制度の柔軟性に依存する。沈思・守備が時代精神であったデフレ時代が過去となった日本で、インフレに適合する進取・挑戦が行動様式になっていくならば、制度の柔軟性に期待できる。グローバル市場で競争する企業には既に自明なことかもしれない。

 需要面では、予想通り日米ともにインフレが家計消費の頭を押さえる一方、財政政策による景気刺激効果が発現してきている。米国ではCHIPS法とインフレ克服法、日本では定額減税だ。加えて国際対立・緊張の高まりを背景に安全保障のための財政支出は各国で増加する趨勢にある。

 主要な供給・需要要因をこのようにみると、米国の高圧経済は年後半も続くと展望するのが自然だ。そうした下で「金融政策はインフレ減衰の程度を見極めつつ慎重に緩和を探る」(半年前の本コラムの表現)姿勢が続くだろう。穏やかなインフレの定着に向かう日本経済には好環境だ。

 目先を超えた先の米国経済については、財政の大幅拡大があった過去が参考になろう。ひとつは、1964年に始まるGreat Society計画のもとでの福祉・軍事の両面拡大政策。そのファイナンスが金融緩和によってなされて1970年代の大インフレにつながっていった。あと一つは1981Reaganomics による減税と軍事費拡大。この時期インフレ克服のための金融引締め政策と重なったため、高金利・ドル高が世界的に現出し、ラ米・東欧の対外債務危機と金・原油価格の下落を招き、ソ連経済崩壊の序章を描くこととなった。

 さて、今後米国では、Make America Great AgainとBidenomics のスローガン合戦が一段と賑やかになろうが、何年か先に明らかになる財政政策の経済的帰結は、金融政策が鍵を握る。次期政権が指名するFRB議長はおそらく2026年初めに就任する。翻って日本では、デフレ脱却から日が浅くインフレ予想が現実に遅行する間は、名目金利が名目経済成長率を下回ることから財政状態に改善がみられるかもしれない。そしてインフレ予想の落ち着きは、ここでも中央銀行への信認に依存する。


(注)2023.12.05 『世界経済の潮流と金融市場:2024年に向けて』https://cigs.canon/about/management/akinari_horii/20231205_7798.html


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