コラム  2023.06.07

金言の重み:10年後再び

堀井 昭成

20233月にアメリカとスイスで比較的大きな銀行の経営破綻が表面化した。一時は2007/08年の世界金融危機(GFC)の再燃かと懼れられたが、その後、主要国中央銀行など金融当局の対応によって、国際金融市場は小康を取り戻した。

GFC 直後から金融安定理事会(FSB)を中心に規制強化の議論がなされた。大銀行を活動しにくくするための自己資本や流動性の規制が議論の中心に置かれ、なかには金融危機発生リスクや発生時の被害を小さくする効果が疑問なものもあった。私は FSB のメンバーであったころから、規制の強化よりも監督の充実化に注力すべきと考えてきたが、銀行憎しの世論が強いなかで結局、規制の強化と監督体制の整備が各国で実施された。つまり、ゲームのルールは厳しく整備された。

これらについて詳しくは、10年程前の二つの拙稿(注)をご覧いただくとして、ここでは金言をひとつ追加したい:A well-run bank needs no capital. No amount of capital will rescue a badly run bank. ー Walter Bagehot 19世紀半ばのエッセイストは、銀行の健全性が自己資本の多寡よりも経営の良し悪しに左右されることを知っていた。

銀行監督当局はかねてより CAMELS と略称される諸点を念頭において銀行を検査してきた。Capital adequacy, Assets, Management, Earnings, Liquidity, Sensitivity to market risk だ。元来は CAMEL だったが、1990年代半ばに最後の S(市場リスク)が銀行に対して加えられ、近年には中小金融機関にも適応されていた。今回のシリコンバレー銀行(SVB)の破綻は、多額の保有国債が金利上昇によって減価したことが直接の原因だったが、この面での監督の枠組みは既にそこにあった。関係者の議会証言によると、監督当局は以前から SVB に対応策を採るように促していたという。しかし、数度の勧告を受けても SVB の対応は不十分だった。言い換えれば、当局の監督は SVB に必要なアクションを強いるに不十分だった。

同様のことは GFC の前にもあった。サブプライム・ローンなど証券化商品の拡大に関して、アメリカの監督当局 FRB は数度、銀行に対して監督文書を出して警告していた。しかしその実効性は、当時のある大手米銀頭取の言葉「音楽が鳴っている間は踊り続けなくちゃ」が如実に物語っている。

物事が順調なときに、それに抗うのは少数意見であり、たとえその声が発せられても多くのひとは耳を貸さないのが世の常だ。だからこそ、金融監督者には強い権限とともに独立性が付与されている。しかし、制度的に整備されているからといって、上手く機能する保証はない。

The means of intervention must be kept operational, and in the hands of experienced people.(対応手段が使える状態で経験豊かな人の手になければならない。)あの Charles Kindleberger 教授が、1985年に金融の危機管理について語った金言だ、1979年炉心溶解事故を起こすことになるスリーマイル島原発、1941年真珠湾攻撃開始前のアメリカ・レーダー・ステーションのように、金融システムでも失敗が起こることを心配しながら。


(注)https://cigs.canon/about/management/akinari_horii/20131211_2242.html および https://cigs.canon/about/management/akinari_horii/20101210_1536.html


>

役員室から「堀井 昭成」その他のコラム

hourglass_empty