山下 一仁 著
【著者から】
このたび『食料安全保障の研究』を日本経済新聞出版より刊行しました。
台湾有事が懸念されるなど、我が国周辺の国際情勢は混迷の度を強め不確実性を増しています。食料の輸入途絶を真剣に心配せざるを得なくなりました。
食料安全保障は、私が農林省に入省した主な動機でした。農政の目的を農家所得の向上とする人が多いのですが、私は国民への食料の安定供給が農政の第一の目的であるべきだと思います。しかし、現実の農政は国民の利益を離れ、私が農政トライアングルと呼ぶ一部の既得権者の利益のために実施されています。
農政トライアングルは、食料安全保障や食料自給率の向上を農業保護や予算の確保のための口実として利用してきました。このため、農政には無理な主張や矛盾が多くなっています。水田を水田として利用するから水資源の涵養などの多面的機能を発揮できるのに、水田を水田として利用しないことに(減反)補助金を払うなどは、その一例にすぎません。
食料輸入が途絶して国民が飢えるという事態の下では、米の減反など直ちに廃止されます。しかし、危機が発生してから全ての水田に米を作付けしても収穫は1年以上後になります。今の米の生産量では国民は危機が発生してから半年以内にほとんどが餓死します。
さらに、仮に今減反を廃止することができたとしても、危機が長引けばより困難な問題に直面します。本書では日本が経験した戦中・戦後の食料政策を分析するとともに、それを参考としながら、現状においてどのような政策をとるべきかを危機の段階・局面に応じて検討しました。
私は令和7年3月当研究所を去ります。本書は完全なものではありませんが、キヤノングローバル戦略研究所におけるこれまでの私の研究や活動をまとめたものです。残念ながら現実の農政は世界の農政の潮流からますます遠ざかり、減反・高米価、農協法、農地法という農政のアンシャンレジームは、綻びを見せません。これが将来我が国民に多くの禍をもたらすことを心配します。
出版社 日経BP 日本経済新聞出版
ISBN 978-4-296-12082-6
価格 本体2,500円+税
発行 2024年12月初版
山下 一仁
Kazuhito Yamashita
研究主幹
台湾有事で国民は半年で餓死に直面する可能性がある。
生存の危機から国民を救う真の処方箋とは?
起こりうる危機と対策を徹底検証する。
〇台湾有事などでシーレーンが破壊され食料輸入が途絶する場合、今のコメ生産では半年経たないうちに大多数の国民が餓死する。さらに重要なことは、食料が途絶するときは、石油や肥料原料の輸入も途絶する。これらがないと、農業機械、化学肥料や農薬は使えない。どうすればよいのか?
〇最も重要な政策の方針は、石油・肥料・食料の備蓄と集荷・配給体制の整備、そして国民を飢えから救うための輸出増加をねらいとするコメの生産増加であり、コメ・麦の二毛作の普及だ。そうした政策で自給率を現在の37%から70%以上に高めることができる。
〇長年、食料安全保障問題に関わってきた著者が、その経験を活かし、国民が飢餓に陥る事態を避けるために、具体的に日本が食料安全保障のために取り組むべき政策を包括的に提示する。
序章 食料安全保障の焦点
章の狙い:食料危機に日本で起きる危機と起こらない危機があることを説明します。
第1章:なぜ、食料安全保障政策が必要なのかー体験的安全保障政策論
章の狙い:農林水産省等での経験を踏まえながら、大平総理の“総合安全保障”、政府の食料安全保障政策、コメ政策の歴史をレビューします。さらに、戦後農政を規定したJA農協の生い立ちと発展の歴史を解説します。
第2章:誰のための食料安全保障か
章の狙い:1961年の農業基本法以来の農政の流れをレビューし、今回の食料安全保障を前面に出した食料・農業・農村基本法の改正の重要な問題点を指摘します。
第3章:日本に起こる食料危機
章の狙い:農林水産省が買い負けすると危機をあおる食料危機は日本では起きないことを様々なファクツによって説明するとともに、日本で起きるのは台湾有事などでシーレーンが破壊される場合であることを示し、中国が軍事侵攻しなくても台湾が併合されシーレーンが破壊されるおそれがあることを示します。
第4章:アメリカによる食料封鎖の教訓
章の狙い:戦前における米食の変化を示し、食料自給を達成したと考えた大日本帝国の食料政策が植民地米の不作等によって崩壊し、それをアメリカの食料封鎖作戦によって突かれ、これがポツダム宣言受諾の大きな原因となったことを、アメリカの歴史学者の最新の研究論文も紹介しながら説明します。
第5章:戦後の食糧難の教訓
章の狙い:戦中・戦後の主要食糧(コメ・麦等)の集荷・配給制度を分析し、アメリカの食料援助がなければ多数の餓死者を出したことを説明します。国内の食料供給体制の整備・強化として農地改革等を分析します。
第6章:食料について知っておくべきファクツ
章の狙い:リスクを誰が判断するのか、食料安全保障政策についての費用便益分析の考え方、食料危機について検討する際の食料・農産物の特性について、分析・説明します。
第7章:食料安全保障の不都合な真実
章の狙い:食料自給率が低下したのはコメ消費が減少したから、農家が減少してコメが食べられなくなる、コメの消費を減少させたのはアメリカの陰謀、アメリカは食糧を戦略物資として使うなど、食料安全保障について語られることが間違いであることをファクツによって示します。特に、アメリカの小麦戦略が行われるはるか前に、戦時中の食料政策によって米麦の消費が大きく変化したことを紹介します。
第8章:日本のコメが世界を救う
章の狙い:世界の食料安全保障の最も弱い部分であるコメについて、日本が減反を廃止して輸出することで大きく貢献できるとともに、これが我が国の経済安全保障にも資することを示します。
第9章:日本に必要な食料安全保障戦略とは?
章の狙い:食料危機にいくつかのフェイズがあることを示し、それに対応した適切な対策を戦中・戦後と現在の状況の違いを分析しながら提案します。