書籍紹介

環境と貿易

環境と貿易

著者 山下 一仁
出版社 日本評論社
ISBN 978-4-535-55579-2
価格 本体5,700円+税
発行 2011年3月初版

山下 一仁

山下 一仁

Kazuhito Yamashita

研究主幹

[研究分野]
農業政策・貿易政策

概要

 現在、地球温暖化は国際社会を挙げて真剣に対処しなければならない問題であるという認識が定着し、これを解決する手段として温暖化ガスに関する排出権取引が本格的に導入されようとしている。
 他方で、ある国が温暖化対策を講じてもそれ以外の国が対策を講じないで生産を拡大すれば世界的な温暖化ガスの削減につながらないのではないか、温暖化対策を講じる国とそうでない国との間で国際競争力に差異が生じるのではないか、対策を講じない国へ企業が移転し対策を講じる国の産業の空洞化が生じるのではないかという懸念が具体化しており、アメリカやEUなどではこれに対する貿易上の対応策が検討されている。
 また、地球温暖化問題に限らず、地球規模または越境的な汚染や生物多様性などの環境問題に関する国際的な取極めに、非加盟国を参加させる誘因として、貿易政策が用いられようとしている。しかしながら、このような動きが、貿易自由化を促進してきたガット/WTO体制と整合的なのかという問題が生じている。ガット/WTO体制においてはWTOに加盟している国であれば(環境上の国際的な取極めに参加しているかどうかにかかわりなく)貿易相手国を平等に扱うという最恵国待遇の原則や(環境に配慮して生産されたかどうかなどどのような生産方法で作られたかを問わず)同じ種類の産品であれば輸入産品を国内産品と同様に扱うという内外無差別の原則を基本としているからである。環境を改善しようとする動きと貿易自由化を推進するための仕組みに対立が生じているのである。
 本書は、わが国はもとより欧米において"環境と貿易"というテーマをめぐりどのような論点が議論され分析されているのかについて紹介するとともに、法学と経済学の観点からこの問題に総合的、学際的にアプローチしたものである。第1部は、環境と貿易をめぐる法律問題を取り扱っている。第1章は自由貿易体制がどのようにして作られたかという歴史と、環境と貿易に関する規律として基本的に重要なガットの原則と例外規定について解説を加え、第2章では、ガット以外のWTO協定の関連する諸規定について解説している。第3章では、エコ・ラベル、環境ダンピング規制、環境保護のための一方的措置などの具体的な環境措置が、ガット/WTOとの関係でどのような法的な問題が生じるのか、その解決方法は何かについて、議論するとともに、このうち多国間環境協定(MEA)のガット/WTO上の問題点と解決策については、第4章で詳しく述べている。第2部は、環境と貿易についての経済分析を行っている。第5章では、環境と貿易についての分析の基礎として、これだけに汚染を抑えるという環境保護は、逆の見方をすると、これだけの汚染は許容されるということであり、汚染を生産要素としてとらえれば経済分析に乗せることができること、その際、コモンズの悲劇といわれるようなオープン・アクセス資源も大気などの公共財についても、非排除性を解消する工夫をすることによって排除可能な私的な財(生産要素)として取り扱うことが可能になることなどを説明する。第6章では、汚染財の輸出国と輸入国では貿易の自由化が経済厚生水準に与える影響は異なることを示す一方、最適な政策は小国では適切な環境政策を取った上で自由貿易を採用することであることを示す。また、貿易政策を環境政策として使用したり、環境政策を貿易政策として使用したりすることの問題点と、他の領域で経済の歪みが生じている際に別の領域で採るべき次善の策について説明する。第7章は、環境政策が貿易に及ぼす影響、貿易が環境政策に及ぼす影響について分析し、開放経済での最適な環境政策(排出税と排出権取引の同値性が崩れること)、望ましい技術進歩(資本集約的な汚染財において資本節約的な技術進歩が生じると汚染が増加する可能性があること)について示している。第8章は、国際資本移動が生じる場合には経済主体に負担の少ない直接規制が望ましくなる可能性があることや汚染逃避地仮説について説明し、第9章は、越境的あるいはグローバルな環境問題について、汚染リーケージの問題、ハーモナイゼイションの必要性と克服すべき課題と対応策について述べている。
 本書は、ミクロ経済学、環境経済学、国際経済学、国際法学、国際経済法学の基礎的な理論や知識を現実の問題に応用して政策上の解決策を探るというねらいと目的を持ったものである。"環境と貿易"というテーマについての基礎的な知識を理解したうえで、政策提言などの具体的なアクションをとろうと考えている企業、政党、政府やNGOの関係者の方々、大学等で法学や経済学の基礎を学んだ方々や現在学ばれている方々、さらには環境問題に関心を有している方々にとって、本書が参考になれば幸いである。