イベント開催報告 グローバルエコノミー
去る3月21日(金)に京都大学経済研究所にて、“Workshop of Search and Platform”が開催された。このイベントは、昨年からのワークショップに引き続き、経済理論の立場から消費者の探索行動およびプラットフォーム経済を研究する経済学者が集まって開かれた対面ミーテイングである。
前回と同様、一般に公開し聴衆を募った。また学術研究だけではなく、AI規制の実地で活躍する実務者を招待した。
産業組織論における世界的第一人者であるSimon Anderson(University of Verginia)をゲストスピーカーとして招いた。“App Platform Model”と題して、現在取り組んでいるソフトウェアー・アプリケーションのプラットフォームについての理論研究を発表した。この研究では、まずプラットフォームが消費者およびアプリ生産者の双方から過剰に手数料を取る傾向にあることから、規制によって参加者の厚生が改善される余地があることが示される。そこで、アプリ生産者に対するコミッション率の上限を課すと、プラットフォームは消費者への価格引き上げで応じるため、(アプリのバラエテイは増えるのに)消費者厚生が引き下がる可能性が指摘された。この分析は、異なるタイプのファイナンス・モードや仲介モードの効果を掘り下げて考えるうえで政策上有益な視点を提供する可能性があることが議論された。
Nicolas Shultz(University of Mannheim)は、“Dual Pricing in a Model of Sales”において、製造業者が小売企業に対して、オンラインで売るかオフラインで売るかに応じて行う価格差別についての分析を紹介した。消費者間でサーチコストの大きさに差異がある場合、均衡小売価格が分布することはよく知られている。均衡価格分布が存在することで、産業全体の利潤や消費者厚生が歪められることがある。ところが、製造業者と小売業者との間で、オンラインかオフラインかというサーチコストの異なる販売経路に応じた価格差別をゆるすことで、小売価格が分布しなくなることが示された。この結果はさらに、卸売り段階での価格差別を禁ずる規制が、経済厚生を悪化させる可能性を示唆している。
高宮雄介 (森・濱田松本法律事務所)は、““The Latest Trends of the Generative AI and Competition – How Competition Law and Policy Affect Competition Landscape of the Generative AI”において、生成的人工知能の分野における競争環境についての研究報告を行った。背景には、この分野の競争環境は生産段階の階層によってだいぶ異なる、という現状がある。さらに、基盤モデル(大量かつ多様なデータで訓練された、様々なアプリケーションの基盤とできる大規模なAIモデル)や技術の源泉や国家安全保障という視点も重要となる。こうした論点を踏まえつつ、生成的人工知能の分野における階層ごとの競争環境における最近の現状を概観し、新規参入の促進や消費者の選択肢拡大をはじめとする公正な市場環境が整備できるかどうかが議論された。
さらに、最近の学術研究諸分野について、専門家から報告が行われた。定兼仁(神戸大学)は “Middlemen versus Platforms: An information Economics Approach”において、二つの代表的な仲介モードであるミドルマン・モードとプラットフォーム・モードのパフォーマンスを、情報経済学的な視点から分析した。上野洋太郎(京都大学)は““Intermediation and Microfinance”において、開発途上国にみられるミドルマンによる地元農家への搾取構造を取引仲介の経済分析の視点から理論化し、マイクロファイナンスの効果はミドルマン市場の競争構造に依存することを示した。礫石恭伍(一橋大学)は“Startup Noncompetes in the Shadow of Acquihiring”において、競業避止義務(従業員や契約者が競業行為を行うことを制限する契約)には、アクハイアリング(人材獲得を目的とした企業買収M&A)を妨げる効果があり、労働者異動を阻害することで経済厚生を低下させる可能性があることを明らかにした。馬皓星(大阪大学)は、プラットフォームが課すコミッション率を引き下げても、参加する売り手の過当競争を引き起こす可能性があることを指摘した。
今回のワークショップは、前回までと異なり、京都での開催となり、通常では地理的な条件で来られなかった研究者が多く参加した。さらに、ヨーロピアン・コミッションのチーフエコノミストであるPierre Regibeauの飛び入り参加もあって、いつもにもまして熱のこもった議論が行われた。その一方で、今回初の試みとして大学院生(上野および礫石)による発表も行われ、異なる年代の研究者による交流という点からも充実した会であり、学びの多い、非常に有益な会合であったと評価できる。また前回と同様、アカデミクス、規制現場の実務者などバックグラウンドの異なる研究者間交流も、議論の幅を広げる価値のある機会を提供しており、今後も引き続き進めていく予定である。