イベント開催報告 グローバルエコノミー
去る10月29日(火)に新丸ビル11階キヤノングローバル戦略研究所会議室にて、Workshop of Search and Platformが開催された。このイベントは、1月に開催された第一回目のワークショップに引き続き、経済理論の立場から消費者の探索行動およびプラットフォーム経済を研究する経済学者が集まって開かれた対面ミーテイングである。
今回のワークショップから一般に公開し聴衆を募った。また新しい試みとして、学術研究だけではなく、公正取引委員会をはじめとする政策担当者や現実のプラットフォーム企業やビジネス戦略の実地で活躍する実務者を招待した。
メインのゲストスピーカーは、プラットフォームや規制の経済学における世界的第一人者であるJulian Wright(National University of Singapore)で、“The Emergence of a Platform Trap”と題して、現在取り組んでいる研究を発表した。プラットフォーム企業による搾取は、プラットフォームの出現によって参加者がそれ以外で得られる効用が減少するためであるという。こうした“Platform Trap”は、参加者の情報構造、価格決定、プラットフォーム間における競争構造を一般化しても消失することはないことが示された。既存のプラットフォーム規制のほぼすべてがプラットフォーム参加者のマージナルな効用をもとに行われているのに対して、プラットフォームに対する規制は市場全体への影響を考慮してなされるべきという示唆に富んだメッセージになっている。
青木玲子(公正取引委員会)は“Competition Policy and Economics”において、最近公正取引委員会が取り組んでいる競争規制について論じた。特に新しいイッシューである、プラットフォーム規制、プライバシー保護、ギグワーカーの取り扱い、サプライチェーンに対する規制などを取り上げて、経済学的に考慮すべき要因を指摘した。また国際比較の観点から見て、日本固有の事情によって独自に成り立ってきた規制などが紹介された。これからの経済学が取り組むべき課題を積極的に提示し、現実問題に対して経済理論が取り組むべき方向性に指針を示した。
冨田燿志(AI Lab, CyberAgent, Inc.)は“Fair Reciprocal Recommendation in Matching Markets”において、多くのオンライン・マッチング・プラットフォームで実際に使われているreciprocal recommender systems(サービス内のユーザーを互いに推薦しあうシステム)のパフォーマンスについて研究報告をした。通常用いられるposition based modelにおいては、マッチングの数を最大化にするアルゴリズムはfairness(事前の出会いの機会の平等性)を欠くことが多く、それを克服するための一案が提示された。
さらに、最近の学術研究諸分野について、国内外の専門家から報告が行われた。善如悠介(神戸大学)は “Retail Competition and Business Models: A Multi-Product Perspective”において、垂直的および水平的二重マージンを考慮した小売チャネルの競争について考察し、小売業者の卸売段階での交渉力が市場の競争度に与える影響は、小売りの仲介モード(ミドルマンかプラットフォームか)に依存することが示された。Bo Hu(Fudan University)は“From Cash to Buy-Now-Pay-Later: Impacts of Platform-Provided Credit on Market Efficiency”において、消費者に対するクレジットを提供するプラットフォームについて吟味し、プラットフォーム企業にはユーザーのクレジット利用を補助する誘因があるため、手数料の上限規制には市場支配力を減じる効果はなく、むしろ過剰債務・過剰消費への抑制効果を期待すべき、と論じられた。奥山鈴香(東京国際大学)は“Behavior-based Price Discrimination and Elastic demand”において、既存の研究をより一般化し、購買履歴に依存した価格差別は消費者の厚生を減らす可能性があることを指摘した。地主遼史(成蹊大学)は“Costly Advertising and Information Congestion: Insights from Pigou’s Successors”において、消費者に過剰な広告がなされることによる社会的損失に対しては、通常行われている価格規制の効果は限定的であることを指摘し、そのうえで社会的にみて最適な均衡を達成可能な動学的規制を提案した。
前回と同様、今回発表されたどの論文も意欲的で、最先端のトピックを扱っており、報告者、聴衆を巻き込んだ質の高い議論が行われた。様々な世代および異なる領域で活躍する研究者間で活発な意見交換、情報共有が行われたことも評価できる。今回から新たに試みた、アカデミクス、規制担当者、ビジネス・産業界の実務者などバックグラウンドの異なる研究者間交流も、議論の幅を広げる価値のある機会を提供しており、今後も引き続き進めていく予定である。