イベント開催報告 国際交流
はじめに: 会合の紹介
昨年11月30日、米国の研究者、インディアナ大学のヒラリー・ホルブラウ博士を迎えて、日本の男女間格差に関する研究会を開催した。以下はその時の記録の概要である。
同博士と幣研究所(CIGS)との関係は10年前に遡る。彼女は2014年から1年余り弊所に滞在し、優れた研究成果を残した。それ以降、彼女とCIGSは、グローバル時代における日本の人材資源活用に関して意見交換を行っている。
昨年晩秋、来日した同博士をCIGSに迎え、最近の研究成果—「大手企業における男女格差の原因」—を紹介して頂くと共に、男性優位の現代日本社会において、様々な分野で活躍されている方4名と女性の活躍を陰から応援されている元日本学術会議会長の黒川清先生に参加して頂き、小規模ながら充実した研究会を開催した。
会合では、優れた知識とたくましい経験を具えた4名の女性から示唆的な意見を聞かせて頂き、また黒川先生からは、グローバル時代における日本の知的戦略に関し、大局的な見地から意見を頂いた。
本稿は、会議の様子を写した写真と、同博士の発表を簡単に纏めたものである。今回は会合の様子を簡単に紹介する事にとどめるが、今後は引き続きグローバル時代における人的資源活用に関し、報告をしてゆく予定である。
尚、今回ご参加頂いた4名の優れた日本女性は、次の通り(アルファベット順、敬称略)。
オフィスKITO合同会社 CEO 伊藤久美
政策研究大学院大学 客員研究員 村上博美
のりこインターナショナル 代表取締役 村越のりこ
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 岡嵜久美子
研究報告の概要 ヒラリー・ホルブラウ
10年前CIGSに滞在した時、私は日本企業における外国人雇用について、研究を始めた。約200社に依頼をし、その内12社から、許可を得て、結局約500名の社員に調査への回答をいただいた。調査する前に、賃金の面では、外国人が不利な立場にいるのではないかという仮説を立てた。しかし、実際にデータを分析した上で、国籍よりも性別による不平等が顕著だった。
近年、職場における男女間の不平等を解消するための法律・方針が、相次いで成立されてきた中で、なぜ男女間の不平等がこれほど維持されているのだろうか。博士課程の研究が終わってから、再び企業ベースで大量的なデータを収集し、この問を追究してきた。
性別による不平等の原因に関して、様々な意見があると言えながら、大まかに二つに分けることができるといえるだろう。まずは、不平等には合理的な原因があって、不平等が生じても、ある程度正当性があるという考え方が挙げられる。例えば、コース別雇用制度の中で、一般職で、女性が極めて多い。一般職として仕事をしているので、職務の範囲が狭くて、給料が低くても当たり前だという捉え方がある。また、女性は子供が生まれてから、長い間休業したり、短時間勤務制度を利用したりする傾向がある。仕事する時間が短いので、給料が下がってもしょうがないという説も耳にする。あるいは、女性はそもそも昇進への意欲が低くて、パフォーマンスの面では、男性に劣ってしまうので、昇進率が男性を下回ってしまうことが自然だという意見もある。この考え方では、組織にルールや規則があって、職員がそのルール通りに管理されている状況下で、女性が不利な立場に置かれてしまう。ルール・規則に問題があると認める方もいるが、男女間の格差が、一応このルールのもとでは合理的であると見なされる。
一方では、男女間の不平等には、決して合理性がないという考え方もある。この視点から見ると、主に不平等を引き起こすのは、女性に対する偏見・差別である。すなわち、人事部の職員、上司などが、いわゆるアンコンシャス・バイアス(無意識的な思い込み)を抱き、女性社員を不遇に扱う傾向があるという意見だ。
この考え方では、男女格差が組織のルールや規則によって発生するのではなく、規制されていない個人の自由な判断と行動によって発生するのだ。
もちろん、この二つの視点は相反するものではない。重要なのは、どれが正しいのかではなく、それぞれがどれほど格差に影響を及ばしているのかということである。大量的なデータを用いて、この点を探っていく。
まず、コース別雇用制度と男女格差の関係性を観察する。予想通り、一般職として働いている女性は、採用時点から年収が低くて、上昇傾向があっても、どの年齢においても、男性総合職員と、大幅な賃金差が生じる。けれども、総合職の女性は、採用時点では賃金が同等であっても、その直後男性総合職と格差が開き、年齢とともに拡大し、40代に入ると、その差が100万円程度に達する。ここで、注目したいのは、一般職の女性の年収は確かに金額が低いが、人数は、総合職女性の方が多い。つまり、一般職の社員の低い賃金よりも、 全体的な男女賃金差を大きく左右しているのは、総合職の間の男女格差である。
次は、子供の有無別に総合職員の間の男女格差を見ていく。確かに、男性総合職員と、子どもを持っている総合職の女性の間には、賃金格差が発生する。けれども、子どもを持っていない総合職女性の場合、男女格差が消えるかと言えば、そうでもない。ここで、もう一度焦点を与えたいのは、各グループの人数だ。子供を持っている総合職女性は、格差がより激しいが、総合職の女性社員は、女性職員の半数以上を占めている。先程と同じように、子どもを持っていない女性の不利益の方が、全体的な格差に影響を及ぼしている。よって、女性が休業、短時間勤務制度を利用することによって、格差が生まれるというのは根拠が乏しいと考えられる。
次は、女性の昇進への意欲に関して触れたい。回答者の昇進への意欲を把握するために、「就けるかどうかを別として、将来、あなたが就きたい最も高い職位はどれですか?」という質問した。確かに、肩書を希望しない割合は、女性の方がわずかに高い。そして、総合職男性で、課長以上の職位を目指している65%に対して、女性の方は58%だ。要するに、女性の方は、昇進への意欲が男性に比べて低いが、差が著しいとは言えないだろう。
そこで、職場における女性に対する偏見・または差別について考えたい。男女別の年齢に伴う年収の推移から見れば、バイアス・偏見がキャリアの最初の段階から女性を不利な立場に置くことが示唆される。偏見・差別を計るのは、困難ではあるながら、ある程度調査を通して洞察することができるだろう。
調査の参加者に次のような質問をしました。「自分の会社では、昇進は性別にかかわらず、公平公正に行われていると感じますか?」回答は、男女差があるが、公平公正ではなく、男性が優遇されていると答えた人が多かった。けれども、実は公平だ、または、逆に女性の方が優遇されているという回答者が過半数を占めている。
そこで、偏見・差別の在り方をより深く理解するために、男性が優遇されていると答えた回答者、または 女性が優遇されていると答えた回答者に、自由回答で、具体的に、それぞれが昇進において優遇されていると思うところは何か、と質問した。それで、この質問への回答を分析し、偏見・差別の現状を把握しようとした。男性が優遇されていると回答した総合職の女性の中で、仕事の割り当てに関する回答が特に目立った。女性の方は、単純な仕事を割り当てられたり、重要なプロジェクトに携わる機会が少ないという結果である。
つまり、無意識ではあるはずですが、部下の性別によって、仕事の割り当てが偏っているのだ。その結果として、女性の方は、昇進候補者に望まれる経歴を積む機会が限られている。要するに、昇進の候補者は、性別にかかわらず、客観的に評価されていても、その時までの仕事の割り当てられ方によって、女性にとって、競争の舞台はもはや均等ではないといえるだろう。
結びに、大手企業における男女間の賃金格差の現状・原因について、いくつか考察を述べたい。賃金格差の原因として、いわゆる「合理的」と「非合理的」な説明が挙げられる。大規模のデータを利用して、合理的な原因を追究すれば、根拠は確実にある。確かに、一般職の女性・休業・短時間労働制度を利用する女性は、賃金が低い。しかし、雇用均等法の成立・改正に伴って、総合職として働いている女性が増えてきた。そして、ライフ・パターンの多様化とともに、子供を産まない、男性のような働き方をする女性も著しく増加してきた。その中で、合理的な説明の説得力が低下しつつあることが、示唆されている。要するに、20年前と比較すれば、非合理的なバイアス・偏見の方が現在の大手企業における男女の賃金格差を維持しているのではないかと思われる。そして、キャリアの最初の段階からの仕事の割り当て方は、特に賃金格差に影響を及ぼしている可能が十分ある。これから、賃金格差を縮小するために、どういう解決策が必要かと言えば、仕事の割り当てにおける性別による格差をなくすことが非常に重要だと思われる。
ヒラリー・ホルブラウ | 大手企業における男女格差の原因 |
---|