イベント開催報告 グローバルエコノミー
去る8月17日(木)および18日(金)にそれぞれ日本工業倶楽部および新丸ビル9階会議室にて、Asia-Pacific Search and Matching Workshopが開催された。このイベントは、Asia-Pacific Search and Matching Research Networkが主催する初の対面ミーティングとなった。
この研究ネットワークは経済学のアカデミック・コミュニティーで、サーチ・マッチングモデルという同じ分析アプローチを共有するアジア太平洋地域の研究者にコミュニケーションの場を提供する目的で、Pedro Gomis Porqueras(Deakin University)、渡辺誠(京都大学)、Shengxing Zhang(北京大学)らを中心的な創設メンバーとして昨年設立された。
創設メンバーはすでに確立されている欧州や北米における同様のネットワークで活躍しており、アジア太平洋地域にもそうした場が必要であるとの認識が共有されていた。新設のアジア太平洋地域ネットワークでは、現在までのところ登録メンバーは120名を超え、これまでに開催された二回のオンライン・ワークショップにおいてはそれぞれ40名ほどの参加があった。今回のワークショップは東京開催ということもあって、日本で活躍する研究者から多くの参加があった。
Search and Matching Research Networkにおける研究課題は、市場取引に至るまでの経路を明示的に考慮しつつ、失業や賃金ダイナミクス、ビジネスサイクル、金融資産の流動性や貨幣(暗号通貨、中央銀行デジタル通貨)、金融不安定性(銀行・信用危機、バブル)等のトピックについて、ミクロ経済学的基礎付けをもったマクロモデルを構築し、新しい政策提言を考えることである。
今回開催された初の対面ミーティングでは、招待講演として世界でも最先端の研究を行っている二人のゲストスピーカーを迎えた。一人目は、デジタル通貨の分野で先駆的な業績を上げているJohnathan Chiu(カナダ銀行)である。
「Understanding Digital Currencies through the Lends of Monetary Theory」と題して、新しい貨幣理論(New Monetarist Theory)に基づいて、
という3つのトピックについて論じられた。
(1)では、Bitcoinシステムにおける二重支払いの問題について、ブロックチェーンの果たす公共財的な役割やその不安定性が明らかにされた。(2)では、スマートコントラクトや分権型金融は金融仲介にまつわる誘因問題を和らげる効果がある半面、価格の外部性やネットワーク連結性、流動性制約についての追加的考慮が必要となることが指摘された。(3)では、中央銀行デジタル通貨の導入は銀行間での競争を促すことで銀行サービスの質を改善し、むしろ銀行の仲介機能を高める効果があることが示された。
二人目は、取引仲介の専門家として先駆的な業績を上げている渡辺 誠(京都大学)である。「Money is the Root of Asset Bubbles」と題し、なぜバブルはカネが希少な投資機会を追い求めている状況下で起きやすいのか、その経済学的メカニズムを考察した。
まず、バブルの本質、特に、はじけることが分かっているのになぜバブルが起こるかに関して、取引の売り買いに特化したミドルマンの存在がカギとなること、そして、貨幣供給量の少ない状態では、ホールドアップ問題によりバブルが起こらないこと、また、バブルが起こるためには、高い流動性をミドルマンが予想していなければならないことが示された。講演では更に進んで、中央銀行による口先介入によって共有知識を実現させることの是非や、異なる仲介モードであるプラットフォームではなぜバブルが起こりにくいかなどが議論された。
プログラムではこの二人の招待講演以外にも、久保田 壮(早稲田大学)やDiego Zuniga(Bank of Canada)による貨幣の理論研究、Sephorah Mangin(Australian National University)によるサーチモデルの理論研究、Enchuan Shao(University of Saskatchewan)やHan Han(北京大学)による中央銀行デジタル通貨についての理論研究、Ayushi Bajaj(Monash University)、Zhifeng Cai(Rutgers University)やLiangjie Wu(Einaudi Institute for Economics and Finance)による労働市場分析が報告された。どの論文も、最先端のトピックを扱っており、報告者、討論者、聴衆を巻き込んだ質の高い活発な議論が行われた。総じて、日本で開催されたこともあって、この分野で学問的貢献を目指す日本の研究者とアジア太平洋地域で活躍する研究者との絶好の意見交換の場になったと評価できる。
Search and Matching Research Networkにおける今後の活動として、2024年の1月にハワイ、8月にシンガポールでの対面ミーティングを予定している。特に後者においては、European Economic Reviewとタイアップして、Special Issueを刊行する計画を考えている。